本興寺
福岡県 福岡市 福岡県福岡市博多区中呉服町6-21
由緒
ほう、ここが本興寺じゃな。吾輩がその由緒を語ってやろうぞ。 本興寺は、福岡市博多区中呉服町に鎮座する日蓮宗の寺院である。その歴史は、戦国から江戸初期にかけての、まさに激動の時代と深く結びついておるのじゃ。 創建は天正15年(1587年)と伝えられておる。開山は日真上人、そして開基は、あの黒田長政公の家臣であった井上之房公であるぞ。この創建年は、豊臣秀吉が九州を平定した後、黒田官兵衛・長政父子が豊前国中津城主として入封した時期と見事に重なるのじゃ。黒田家は日蓮宗に深く帰依しておったゆえ、その信仰が本興寺の創建に繋がったのであろうな。 当初、本興寺は中津に建立されたのじゃが、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの後、黒田長政が筑前国福岡藩主として入封するに伴い、慶長6年(1601年)に福岡の地へと移転されたのである。現在の博多区中呉服町に寺地を定め、福岡における黒田家の菩提寺の一つとして、まことに重要な役割を担ったのじゃ。 江戸時代を通じて、本興寺は福岡藩の庇護を受け、寺院としての規模を拡大していったのである。特に黒田家との関係は深く、歴代藩主からの寄進や保護を受け、その法灯を今日まで守り続けておるぞ。 明治維新以降も、本興寺は地域の人々の信仰を集め、博多の歴史と文化を見守ってきたのじゃ。度重なる戦火や災害を乗り越え、現在もなお、日蓮宗の教えを伝え、地域社会に貢献する寺院としてその役割を果たしておる。 本興寺は、黒田家の筑前入国という歴史的背景の中で創建され、福岡の発展と共に歩んできた寺院であり、その歴史は福岡の郷土史を語る上で欠かせぬ存在であると言えようぞ。