本泰寺
福岡県 久留米市 福岡県久留米市寺町4-1
由緒
久留米市寺町に鎮座する浄土宗の寺院、本泰寺とは吾輩のことじゃな。その始まりは慶長10年(1605年)、久留米藩主となった有馬豊氏によって開かれたと伝えられておるぞ。関ヶ原の戦いの功績で筑後国久留米藩21万石を賜り、久留米城を築き、城下町を整備したのだな。その際に、寺町に多くの寺院が建てられ、吾輩もその一つとしてこの地に誕生したのであるぞ。 吾輩を開いたのは、有馬豊氏が深く帰依しておった存応上人というお方じゃ。浄土宗の学僧として名高く、豊氏からの信頼も厚かったのじゃよ。吾輩は、有馬家の菩提寺の一つとして、また久留米藩の安泰を祈願する寺院として、まことに重要な役割を担っておったのだ。 江戸時代を通じて、久留米藩の庇護のもと、寺領の寄進や堂宇の修復がなされ、その規模を維持し、発展させてきたのじゃ。特に、有馬家代々の位牌が安置され、藩主の法要も執り行われるなど、藩との結びつきは非常に強固であったのだな。 明治維新後の廃仏毀釈の嵐には、吾輩も一時的に厳しい状況に置かれたが、檀信徒の尽力により、その法灯は守り続けられたのじゃよ。近代以降も、地域の人々の信仰の中心として、また文化財の保存に努めながら、今日に至っておるのであるぞ。 現在の吾輩には、創建当時の面影を残す建造物は少ないものの、歴代住職や有馬家ゆかりの品々が伝えられており、久留米の歴史を語る上で貴重な存在なのじゃ。寺町という歴史的な景観の中に溶け込み、静かにその歴史を伝えておるのであるぞ。