若久住吉神社
福岡県 福岡市 福岡県福岡市南区若久1丁目20-28
由緒
ほう、吾輩に若久住吉神社の由緒を語れというのか。良いであろう、この白狐の記憶の限り、語って聞かせようぞ。 若久住吉神社は、福岡の南に位置する若久の地に、ひっそりと鎮座しておる。いつからこの地に根を下ろしたのかは、吾輩の記憶をもってしても定かではないのじゃ。しかし、遥か昔より、この地の守り神として、人々から篤く崇められてきたのは確かであるぞ。 祀られておるのは、住吉三神、すなわち底筒男命、中筒男命、表筒男命の三柱の神と、かの神功皇后である。住吉三神は、荒ぶる海の波を鎮め、航海の安全を守る神、そして雅なる和歌を司る神としても知られておるのじゃ。神功皇后が新羅へ渡る際、この三神の加護を得たという伝説は、かの地でも語り継がれておるであろう。 この若久の地は、古くから豊かな実りをもたらす農業が盛んであった。さらに、博多湾にも程近いゆえ、海上を行き交う船の要衝でもあったのじゃ。それゆえ、若久住吉神社は、五穀豊穣を祈り、海の安全を願う、そして国家の安寧を鎮めるための、まことに重要な祈願所としての役割を担ってきたのであろうな。 江戸の世には、福岡藩を治めた黒田家からも崇敬を受け、社殿の修復や寄進が行われた記録も残っておる。明治の御代には、近代社格制度において村社に列せられたのじゃ。 今もなお、若久住吉神社は、この地の氏神様として、人々の営みを見守り続けておる。毎年、例大祭や夏祭りが行われ、多くの人々が参拝に訪れる姿は、吾輩の目にも微笑ましく映るものじゃ。境内には、樹齢数百年ともいわれるご神木がそびえ立ち、この地の悠久の歴史を静かに見守り続けておるのであるぞ。近年では、地域の交流の場としても活用され、この地の者たちの心の拠りどころとなっていると聞く。まことに、由緒深き社であるな。