綱敷天満宮
福岡県 綱敷天満宮(つなしきてんまんぐう)は築上郡 綱敷天満宮(つなしきてんまんぐう)は福岡県築上郡築上町大字高塚に位置する神社。祭神は菅原道真公。旧社格は県社。
由緒
吾輩が語るは、福岡県築上郡築上町大字高塚に鎮座する、由緒正しき綱敷天満宮の成り立ちであるぞ。此処に祀られしは、学問の神、菅原道真公じゃな。かつては県社という、なかなかの格式を誇っておったのじゃ。 この社の始まりは、道真公が大宰府へと左遷されし折の、哀しき旅路に由来するのじゃ。延喜元年(901年)のことじゃった。京より大宰府を目指す船旅の途中、突然の嵐に見舞われ、公は現在の築上町高塚の浜辺に、九死に一生を得て漂着されたのじゃ。その時、心優しき村人たちが、綱を丁寧に敷き詰め、公をお迎えし、休息のための座席を設けたと伝えられておる。公は、この地で村人たちの温かいもてなしを受け、しばし滞在されたそうじゃな。 道真公がこの地を去られた後、村人たちは公の徳を深く慕い、その御恩を偲んで社を建立したのじゃ。これこそが、綱敷天満宮の起源であるとされておる。社名の「綱敷」は、まさに道真公をお迎えする際に綱を敷いた、あの故事に因むものじゃな。 その後、綱敷天満宮は、学問の神、そして至誠の神として、広く信仰を集めてきたのじゃ。地域の人々からは、それはもう篤い崇敬を受けておったぞ。江戸時代には、豊前国主であらせられた小笠原氏からも手厚い保護を受け、社殿の造営や修復が幾度となく行われたのじゃ。明治時代に入り、近代社格制度が制定されると、見事、県社に列せられ、地域の中心的な神社としての地位を確立したのであるぞ。 現在も、綱敷天満宮は、学業成就や合格祈願、厄除けなど、様々な願いを込めて、多くの参拝者が訪れる神社として、地域の人々の信仰を集めておるのじゃ。毎年行われる例祭や、道真公ゆかりの梅にちなんだ梅まつりなど、年間を通じて様々な祭事が行われ、地域の文化と信仰の中心であり続けておるのじゃな。