📿 御朱印情報

直書き 不明
書き置き 不明
Google Maps で開く
龍昌寺の写真

龍昌寺

福岡県 遠賀郡 福岡県遠賀郡岡垣町大字高倉1154

由緒

龍昌寺じゃな。福岡県遠賀郡岡垣町大字高倉にひっそりと佇む曹洞宗の寺院であるぞ。その由緒と歴史は、この地の民の信仰と深く結びついておるのじゃよ。 創建は、室町時代の終わり、永正年間(1504年~1521年)と伝えられておるのじゃ。開山は、永平寺五世・義雲の血筋を引く大徹宗綱(だいてつそうこう)和尚であるぞ。大徹宗綱和尚は、今の福津市にある許斐山城主、宗像氏貞からの深い帰依を受け、宗像氏の菩提寺として龍昌寺を建立したのじゃな。当初は宗像氏の庇護のもと、寺の運気は大いに隆盛を極めたものじゃ。 じゃが、戦国の世の動乱の中、宗像氏が衰退するにつれて龍昌寺も一時荒れ果ててしまったのじゃ。江戸の世に入り、黒田藩の支配下となると、寺の再興が図られたのだな。特に江戸時代の中頃には、黒田藩主の帰依を受け、伽藍の修復や整備が着々と進められたのじゃよ。この時期には、多くの末寺を抱える中本寺としての地位を確立し、この地の信仰の中心として栄えたのであるぞ。 明治維新後の廃仏毀釈という嵐の中では、一時的に厳しい状況に置かれたものの、この地の民の信仰心に支えられ、その教えの灯を守り続けたのじゃ。大正から昭和の初期にかけては、本堂や庫裏の改築が行われ、今の姿に近い形となったのであるな。 龍昌寺は、宗像氏の菩提寺としての歴史ある背景を持ちながら、曹洞宗の教えをこの地に広め、人々の心の拠り所として機能してきたのじゃ。境内には、宗像氏にゆかりのある墓所や、歴史を物語る石碑などが今も残されており、往時の面影を偲ぶことができるぞ。また、四季折々の美しい自然に囲まれた境内は、訪れる者に安らぎを与えておるのじゃ。 龍昌寺は、創建以来およそ500年にわたり、この地の歴史と文化、そして人々の信仰を見守り続けてきた、まことに貴重な存在であるぞ。