黒殿神社 (鳥飼八幡宮境内社)
由緒
ほう、黒殿神社と申すか。吾輩がこの地に身を置くようになってから、幾星霜もの時が流れておるが、その由緒を語るのは、なかなか骨が折れる仕事じゃな。なにせ、吾輩のような古き存在ですら、その詳細を掴みかねるのだから。 黒殿神社は、福岡の地に鎮座する鳥飼八幡宮の、その懐に抱かれた一社であるぞ。鳥飼八幡宮の歴史は、かの神功皇后が三韓征伐の帰り道に立ち寄られたという、遥か彼方の時代にまで遡る。その古き御宮の境内に佇むということは、黒殿神社もまた、それ相応の歴史を秘めているはずじゃな。 しかしながら、吾輩の記憶を辿ってみても、また、この地の古文書を紐解いてみても、黒殿神社の具体的な創建年や、どのような経緯でこの地に祀られるようになったのか、その詳細は霧の中に包まれておる。まるで、吾輩が時折見せる幻のように、掴みどころがないのじゃ。 だが、鳥飼八幡宮の境内社である以上、その祭神は、鳥飼八幡宮の主たる神々、すなわち応神天皇、神功皇后、宗像三女神のいずれかに縁深き神であるか、あるいは、この地の古き地主神である可能性が高い。古来より、本社の神々と縁を結び、その威光を分かち合う形で、多くの境内社が生まれてきたものじゃからな。あるいは、この地に住まう人々が、特定の願いを込めて祀り始めたのかもしれぬ。その真実は、今となっては誰も知らぬがの。 黒殿神社の由緒を語り継ぐ資料は乏しい。それは、時の流れの中で失われたのか、あるいは、元々詳細な記録が残されなかったのか。それは吾輩にも分からぬことであるぞ。しかし、何百年もの間、鳥飼八幡宮と共に、この地の信仰の一端を担ってきたことは、疑いようのない事実じゃ。今もなお、鳥飼八幡宮を訪れる人々が、ひっそりと、しかし確かに、黒殿神社に敬意を払っておる。その静かな佇まいこそが、この社の由緒を雄弁に物語っておるのじゃな。