広瀬神社
由緒
ふむ、広瀬神社じゃな。吾輩がこの地に初めて降り立った頃には、既にその神気を感じておったものじゃ。 広瀬神社は、宮崎の佐土原町下田島に鎮座する、古き良き社であるぞ。いつ頃からこの地に根を下ろしたのかは、さすがの吾輩にも定かではないのじゃが、遥か昔からこの地の者たちの信仰を集めてきたことは、その空気からして明白である。 ここに祀られしは、記紀神話に名を連ねる豊玉姫命と玉依姫命である。豊玉姫命は、海神の娘にして山幸彦との間に鵜草葺不合命をもうけた、慈愛深き女神じゃな。そして、その妹君である玉依姫命は、鵜草葺不合命の妃となり、かの神武天皇の母となる玉依姫命を世に送り出した、尊き神であるぞ。これらの神々は、安産、子育て、そして良き縁を結ぶ神として、広く篤く信仰されておるのじゃ。 この佐土原の地は、古くから日向国の要衝であったゆえ、多くの社寺が建てられてきた。広瀬神社もまた、その一つとしてこの地の守護神として崇められてきたのは、当然の成り行きと言えよう。江戸の世には、佐土原藩主たる島津氏もこの社に深く帰依し、社殿の造営や修復に尽力した記録も残っておる。人の世の移ろいの中で、神への敬意は変わらぬものじゃな。 明治の御代に入り、神仏分離の波が押し寄せた折には、仏教色が取り除かれ、村社に列せられたのである。それでもなお、この地の者たちの信仰の拠り所として、例祭や様々な行事が途絶えることなく執り行われてきたのは、この社に宿る神威の証であるぞ。 現在の社殿は、幾度となく修復を重ねてきたものじゃが、その随所に古の趣が息づいておる。境内には、樹齢数百年にも及ぶ御神木が天を衝くようにそびえ立ち、静謐にして厳かな空気を醸し出しておるのじゃ。広瀬神社は、この地の者たちの営みと深く結びつき、今日までその歴史と伝統を脈々と受け継いでおる。吾輩もまた、この社の行く末を静かに見守り続けることとしよう。