📿 御朱印情報

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成田山龍王院 (佐賀成田山)

佐賀県 三養基郡 佐賀県三養基郡上峰町堤1903

由緒

ほう、成田山龍王院と申したか。吾輩がその由緒を語ってやろう。 吾輩の住まうこの成田山龍王院は、佐賀の三養基郡上峰町に鎮座しておる。その始まりは、遠く千葉の成田山新勝寺から御分霊を勧請したことにあるのじゃ。昭和二十年、すなわち太平洋戦争の終戦直後、世が混乱の極みにあった頃、人々の心の安寧と平和を願う声に応え、この地に不動明王の御分霊をお迎えしたのが、事の起こりであるぞ。 祭神は、言うまでもなく不動明王である。真言宗智山派の総本山たる新勝寺とて同じじゃな。不動明王とは、大日如来の教令輪身、すなわち恐ろしい姿で現れ、一切の衆生を救済するお方。その強大な力で煩悩を打ち砕き、衆生を悟りの世界へと導かれるという。吾輩もそのお姿には、畏敬の念を抱かずにはいられぬのじゃ。 創建以来、この龍王院は地域の信仰の中心として、多くの人々に親しまれてきた。厄除け、開運招福、交通安全、家内安全など、様々な願いを胸に参拝者が日々訪れ、不動明王の御加護を求めておる。吾輩も時折、その願いを耳にするのじゃ。毎月二十八日には月例祭が執り行われ、護摩供養を通じて、人々の切なる願いが不動明王へと届けられておる。炎の中に映る人々の真剣な眼差しは、吾輩の心にも深く刻まれるものじゃな。 「佐賀成田山」として、地域に根差した活動も積極的に行ってきておる。地域の祭りへの参加や、清掃活動など、地域社会との連携を深め、地域住民の心のよりどころとしての役割を果たしておるのじゃ。戦後の混乱期に人々の希望として創建されて以来、不動明王の慈悲の光をもって、地域の人々の心の支えとなり続けてきた。この由緒、そなたの心にも刻まれたであろうな。