宗像大社 (中津宮)
由緒
ふむ、宗像大社中津宮の由緒とやらを語ってやろうではないか。 吾輩が鎮座するこの宗像大社中津宮はな、福岡県宗像市大島にまします、まこと由緒正しき社であるぞ。宗像大社の三宮の一つにして、宗像三女神の次女、湍津姫神(たぎつひめのかみ)様をお祀りしておるのじゃ。 創建の年は、残念ながら明確には残っておらん。だが、宗像大社全体としては、それこそ遠い遠い昔から存在しておる、とてつもなく古い神社であるぞ。宗像三女神への信仰は、古代より玄界灘を行き交う船乗りたちの海上交通の安全を司る神として、また、この国の鎮護を願う神として、厚く尊崇されてきたのじゃ。吾輩がましますこの大島は、玄界灘に浮かぶ島ゆえ、古くから海上交通の要衝であったのじゃな。ゆえに、この地で海上交通の安全を祈願する祭祀が、幾度となく執り行われてきたのであろうよ。 宗像大社は、奈良の世には、朝廷から「宗像大神」として崇められ、平安の世には、延喜式神名帳において名神大社に列せられたのじゃ。吾輩が鎮座する中津宮もまた、宗像大社の一部として、その長き歴史の中で重要な役割を担ってきたのであるぞ。中津宮の周りからは、古代の祭祀に関連する遺物が発掘されており、この地で古くから神事が行われていたことを、まざまざと証明しておるのじゃ。 そして何より、宗像大社全体が「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群として、世界遺産に登録されておるのだから、まことにめでたいことであるぞ。吾輩のこの中津宮も、その構成資産の一つであるのじゃ。これはな、宗像三女神信仰が古代から現代に至るまで、連綿と受け継がれてきたこと、そしてその信仰が日本の文化や歴史に深く根差しておることを示しておるのであるぞ。中津宮は、今もなお、海上交通の安全を祈る人々や、宗像三女神を崇敬する人々によって、大切に守られ続けておるのじゃ。