與賀神社
佐賀県 佐賀市 佐賀県佐賀市与賀町2-50
由緒
吾輩が次に語るのは、佐賀県佐賀市与賀町に鎮座する古社、與賀神社であるぞ。その創建は誠に古く、社伝によれば、神功皇后が三韓征伐からの帰途、この地に立ち寄られ、戦勝を感謝して天神地祇を祀られたのが始まりとされておるのじゃ。この伝承から、創建は西暦200年前後とされており、極めて長い歴史を持つ神社であることが伺えるであろうな。 主祭神は、與賀大神と称され、与賀津彦命と与賀津姫命の二柱の神様をお祀りしておる。この二柱の神様は、当地の開拓神、あるいは航海の神として信仰されてきたのじゃ。また、相殿には、神功皇后、応神天皇、玉依姫命など、皇室ゆかりの神々も合祀されておるのである。 歴史的背景としては、平安時代には朝廷からの崇敬も篤く、延喜式神名帳にも記載されておる「肥前国佐嘉郡與賀神社」に比定されており、肥前国の一宮として格式の高い神社であったことが分かるのじゃ。中世には、龍造寺氏や鍋島氏といった当地の有力武将からも厚い保護を受け、戦勝祈願や領内の安寧を願う社として崇敬されたのじゃよ。特に、龍造寺隆信は当社を深く信仰し、社殿の造営や寄進を行ったと伝えられておるぞ。 江戸時代に入ると、佐賀藩主鍋島家の祈願所となり、藩の重要な祭事には藩主自らが参拝するなど、藩内における精神的な支柱としての役割を担ったのである。明治維新以降は、近代社格制度において県社に列せられ、地域の総鎮守として現在に至るまで、多くの人々の信仰を集めておるのじゃ。 境内には、樹齢千年を超えると言われる御神木の楠や、歴史を感じさせる社殿が立ち並び、その長い歴史と由緒を今に伝えておるぞ。厄除け、家内安全、交通安全、学業成就など、様々なご利益を求めて、多くの参拝者が訪れる神社であるのじゃよ。