和気神社
鹿児島県 霧島市 鹿児島県霧島市牧園町宿窪田3986
由緒
鹿児島県霧島市牧園町宿窪田に鎮座するこの和気神社は、その由緒が平安時代にまで遡るのじゃ。 創建は延暦18年(799年)と伝えられておるぞ。当時の朝廷にて大いに活躍した和気清麻呂公を祀るために創建されたのじゃな。清麻呂公は、称徳天皇の時代に道鏡が皇位を狙った際、これを阻止し、皇統の安定に大きく貢献した人物として知られておる。その功績を称え、清麻呂公が亡くなった後に、この地に祀られることとなったのじゃよ。 祭神は、和気清麻呂命(わけのきよまろのみこと)と、その姉君である和気広虫姫命(わけのひろむしひめのみこと)であるぞ。広虫姫命は、清麻呂公の志を支え、共に困難に立ち向かった人物であり、その功績もまた高く評価されておるのじゃ。 和気神社には、清麻呂公が宇佐八幡宮神託事件において、道鏡の企みを阻止するために大隅国へ流された際、この地を通過したという伝承も残っておるのじゃ。清麻呂公がこの地で休息した際に、湧き出た清水を飲んだという伝説から、「和気」という地名が生まれたとも言われておるぞ。 江戸時代には、薩摩藩主島津氏の崇敬を受け、社殿の造営や修復が行われたのじゃな。特に、島津義弘公は、関ヶ原の戦いの際に和気神社に戦勝を祈願したと伝えられており、その後の島津氏の繁栄にも繋がったとされておるぞ。 明治時代に入ると、神仏分離令により一時的に衰退したが、地元住民の尽力により、見事に再興されたのじゃ。現在では、学業成就、厄除け、家内安全などのご利益があるとされ、多くの参拝者が訪れておるぞ。和気神社は、和気清麻呂公の功績を今に伝えるだけでなく、地域の歴史と文化を象徴する重要な存在として、大切に守られておるのじゃよ。