伏見稲荷神社
由緒
吾輩が語るのは、福岡の地、愛宕に鎮座する「伏見稲荷神社」の由緒じゃ。京都の伏見稲荷大社との深い縁を持つ、この社の歴史を紐解いてやろう。 この社の始まりは、遠く江戸時代後期、文政年間のことじゃな。当時の愛宕山は、福岡藩主黒田家により愛宕神社が建立され、藩の守護神として崇敬されていた場所であるぞ。その神聖なる愛宕神社の境内に、遥か京都の伏見稲荷大社から、尊き御分霊を勧請し、この伏見稲荷神社が創建されたのじゃ。 祭神は、宇迦之御魂大神。食物、穀物、農業、商業、工業と、あらゆる生産と繁栄を司る神として広く信仰されておる。五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、そして諸願成就。これら全ての御神徳を授ける、まことにありがたい神であるぞ。 創建以来、この伏見稲荷神社は、愛宕の地の住民はもとより、福岡藩の人々からも厚い信仰を集めてきたのじゃ。特に、商売を営む者たちからの崇敬は篤く、商売繁盛を願う参拝者は、いつの時代も絶えることがなかったのじゃな。 明治の世となり、神仏分離令が発布されると、愛宕神社と伏見稲荷神社はそれぞれ独立した神社として運営されることになった。しかし、両社は同じ愛宕山の地に鎮座し、この地域の人々にとって、決して欠かすことのできぬ信仰の場であり続けたのであるぞ。 そして現在も、伏見稲荷神社は、愛宕地域の鎮守の神として、また福岡市西区における稲荷信仰の中心として、多くの参拝者で賑わっておる。特に、初詣や節分祭、秋の例大祭などには、数多の人々が訪れ、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全を祈願しておるのじゃ。 このように、福岡市西区愛宕の伏見稲荷神社は、京都の伏見稲荷大社からの御分霊を勧請し、江戸時代後期に創建された歴史を持つ、地域に深く根ざした神社であるぞ。宇迦之御魂大神を祭神とし、五穀豊穣、商売繁盛などの御神徳により、現在も多くの人々の信仰を集めているのじゃな。