可也熊野神社 (小金丸)
福岡県 糸島市 福岡県糸島市志摩小金丸301
由緒
ほう、吾輩に「可也熊野神社(小金丸)」の由緒を語れと申すか。よかろう、白狐の吾輩が、この社の歴史の端くれを紐解いて進ぜよう。 福岡県糸島市志摩小金丸に鎮座するこの社は、いつの時代に産声を上げたのか、正確なところは吾輩にもわからぬのじゃ。ただ、遥か昔より、この地の民草の守り神として、深く信仰されてきたことは確かであるぞ。祀られておるのは、尊き伊邪那美命(いざなみのみこと)であると伝えられておるのじゃ。 この社の歴史を紐解こうにも、残念ながら詳細な記録は乏しいのじゃ。しかし、「熊野神社」という名から察するに、全国津々浦々に広がりし熊野信仰の流れを汲んで創建されたものと見て間違いないであろう。熊野信仰となれば、平安から鎌倉にかけて、それはもう隆盛を極めたものじゃ。修験道とも結びつき、多くの人々の心を捉えて離さなかったのじゃな。 糸島市志摩の地は、古くから稲作や漁が盛んであった。民草は自然の恵みに感謝し、また、荒ぶる自然の脅威から身を守るため、神社の存在を何よりも重んじてきたのじゃ。この可也熊野神社もまた、地域の安寧と繁栄、そして豊かな実りと大漁を祈る場として、幾世代にもわたり、この地の住民によって大切に守り継がれてきたものと、吾輩は見るのじゃ。 今の社殿は、比較的、新しい姿をしておる。しかし、境内に目をやれば、歴史の重みを感じさせる石灯籠や、威厳ある狛犬などが残されておるではないか。それらが、この社が歩んできた永きにわたる信仰の歴史を、静かに物語っておるのじゃ。この地の民草にとって、可也熊野神社は、ただの信仰の場に留まらぬ。地域の歴史や文化を今に伝える、かけがえのない存在として、今日もなお、大切にされておるのであるぞ。