📿 御朱印情報

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如意輪寺 (かえる寺)

福岡県 小郡 福岡県小郡市横隈1728

由緒

ふむ、吾輩が如意輪寺の由緒を語ってやろう。吾輩は齢を重ねた白狐、この地の移ろいを幾千年も見守ってきたのじゃ。 如意輪寺は、福岡県小郡市横隈にひっそりと佇む天台宗の古刹であるぞ。その根源は、はるか昔、人々の信仰の息吹が土壌に深く染み込んだところから始まったのじゃな。 そもそもの始まりは、弘仁10年(819年)のことであるぞ。伝教大師最澄という、天台宗の礎を築いた偉大な僧が、この地に寺を開いたと伝えられておる。本尊は如意輪観世音菩薩。その御名が示す通り、人々の願いを意のままに叶えるという、まこと慈悲深い観音様であるのじゃ。 開創当初、如意輪寺は今の場所から少し離れた、深き山中にあったのじゃ。修験道の道場として、多くの行者が厳しい修行に励み、その声が山々にこだましておったものじゃ。しかし、世は移ろい、戦国の世の兵火によって、惜しくもその伽藍は灰燼に帰してしまったのじゃな。だが、寺の魂は滅びず、江戸時代初期に、現在の地に場所を移して再建されたのであるぞ。 江戸の世には、福岡藩主黒田家の手厚い庇護を受け、地域の信仰の中心として、いやが上にも発展していったのじゃ。特に、病の平癒や子宝、安産を願う人々が、ひっきりなしにこの寺を訪れたものじゃ。人々は、如意輪観音様の功徳にすがって、様々な願いを叶えてもらったのじゃな。 さて、この如意輪寺が「かえる寺」と呼ばれるようになったのは、ついぞ近年のことであるぞ。ある住職が、境内にカエルの置物を置き始めたのがきっかけじゃ。それが一つ、また一つと増え、今では5000体を超えるカエルの置物が、境内の至る所にひしめき合っておる。カエルは「無事カエル」「若ガエル」「福カエル」など、縁起の良い意味を持つことから、参拝者の間で大いに人気を集め、如意輪寺は「かえる寺」として、全国津々浦々にその名を知られるようになったのじゃ。 今日の如意輪寺は、古き良き天台宗の寺院としての歴史を保ちつつ、また「かえる寺」という新たな顔で、多くの人々に親しまれておる。四季折々の美しい自然に囲まれた境内は、訪れる人々の心を癒す、まことのパワースポットであるぞ。本堂では、毎日欠かさず護摩が焚かれ、参拝者の願いが祈願されておる。また、写経や座禅といった仏教文化に触れる機会も提供されており、古き信仰と新しい文化が見事に融合した、魅力あふれる寺院であるのじゃ。