📿 御朱印情報

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城井神社

大分県 中津市 大分県中津市二ノ丁1273-3

由緒

城井神社は、大分県中津市二ノ丁に鎮座する神社であるぞ。その由緒と歴史は、中津の地と深く結びついておるのじゃ。 創建年は明確には伝わっておらぬが、江戸時代初期に中津藩主として入封した細川忠興公によって、慶長7年(1602年)に現在の地に社殿が造営されたのであるぞ。この時、細川忠興公は、かつて豊前国に勢力を持っていた宇都宮氏の末裔である城井氏の御霊を慰めるために、城井氏ゆかりの地から神霊を勧請したと伝えられておるな。 祭神は、城井鎮房(きい しげふさ)公とその一族である。城井鎮房公は、戦国時代に豊前国で大きな勢力を誇った武将で、豊臣秀吉による九州平定の際に抵抗し、非業の死を遂げたのじゃ。その悲劇的な最期から、地元の人々によって武勇の神、あるいは怨霊として祀られるようになったと考えられておるのである。 江戸時代を通じて、城井神社は中津藩主細川氏、小笠原氏、奥平氏といった歴代藩主から崇敬を受け、藩の守護神として大切にされてきたのじゃ。特に奥平氏の時代には、社殿の修復や祭礼の整備が行われ、地域の信仰の中心としての役割を強めていったのであるぞ。 明治時代に入ると、神仏分離令や近代社格制度の制定により、城井神社は村社に列せられた。その後も、地域住民の信仰を集め、五穀豊穣、家内安全、武運長久などを祈願する場として今日に至っておるのじゃよ。 城井神社は、中津の歴史を語る上で欠かせぬ存在であり、城井氏の悲劇と、それを慰めようとした人々の思いが込められた、歴史と信仰が息づく神社であるぞ。