myouhou in
History
ふむ、妙法院の由緒を語れと申すか。よかろう、吾輩が語ってやるのじゃ。 久遠の昔より、この久留米の地に寄り添いしは、真言宗大覚寺派の妙法院。福岡県久留米市西町に鎮座するその歴史は、この地の仏教信仰の移ろいと、深く絡み合っておるのじゃ。 その始まりは、元和元年(1615年)のことと伝わる。久留米藩初代藩主、有馬豊氏が深く帰依せし宥範大徳こそ、この寺を開いた御方。豊氏公が丹波福知山より久留米へと移りし時、宥範大徳もまた随行し、久留米城下の西町に妙法院を創り上げたのじゃ。当初は有馬家の祈願寺として、また城下の安寧を願う寺として、まことに重要な役割を担っておったのであるぞ。 本尊は、不動明王。真言宗において殊更崇められる明王であり、一切の煩悩を打ち砕き、衆生を救済するとされる。妙法院の不動明王像は、開創当初より信仰の中心として、数多の人々の信仰を集めてきたのじゃ。 江戸時代を通じ、妙法院は有馬家の庇護を受け、寺領の寄進や堂宇の修復が度々行われた。また、地域住民の信仰も篤く、厄除けや家内安全、商売繁盛などを願う人々が、ひっきりなしに参拝しておったものじゃ。特に、毎月28日の不動明王縁日には、多くの露店が立ち並び、それはそれは賑わいを見せたものじゃな。 明治維新後、神仏分離令の影響を受け、一時的に寺の存続が危ぶまれた時期もあったが、檀信徒の尽力により、その法灯はしっかりと守られたのじゃ。その後も、地域に根差した寺として、法要や行事を通じて人々の心の拠り所となってきたのであるぞ。 現代においても、妙法院は久留米市西町の地域社会において、まことに重要な存在であり続けておる。定期的な法要のほか、写経会や仏教講座などを開催し、仏教文化の普及にも努めておるのじゃ。また、境内には四季折々の花が咲き誇り、訪れる人々に安らぎを与えておる。妙法院は、創建以来400年以上にわたり、久留米の地で人々の信仰と文化を支え続けている、まことに由緒ある寺なのであるぞ。