myou makoto tera
Fukuoka 北九州市 fukuokaken kitakyuushuushi kokuraminami ku noriyoshi higashi 3-11-1
History
吾輩が語るは、福岡県北九州市小倉南区徳吉東に鎮座する浄土真宗本願寺派の妙真寺の由緒なのじゃ。その歴史は、かの戦乱の世、戦国時代にまで遡るのだぞ。 創建は永禄年間(1558年~1570年)と伝えられており、開基は釋了玄という人物であるとされているのじゃな。了玄は元々、豊前国(現在の福岡県東部と大分県北部)の武士であったと聞くが、争いの絶えぬ世の無常を感じ、仏門に入ったのだという。当初は「妙真坊」と称し、現在の小倉南区徳吉東の地に小さな庵を結んだのが始まりであるぞ。 江戸時代に入り、小倉藩主細川忠興が豊前国に入国すると、妙真坊は細川氏の保護を受けることとなり、寺院としての体裁を整えていったのじゃ。特に、細川忠興の嫡男である細川忠利が熊本藩に移封された後も、妙真寺は小倉藩主小笠原氏の庇護を受け、この地域における浄土真宗の重要な拠点として発展していったのである。 江戸時代中期には、現在の寺号である「妙真寺」を称するようになり、本堂や庫裏といった伽藍が立派に整備されたのじゃ。また、歴代の住職たちは地域住民の信仰の中心となり、法要や教化活動を通じて、この地域の精神的な支柱としての役割を担ってきたのだぞ。 明治維新後も、妙真寺は地域社会との結びつきを深く保ち続け、今日に至るまで、その法灯を護り続けているのである。現在の本堂は、昭和初期に再建されたものであり、境内には開基である釋了玄の墓所も残されておるのじゃよ。妙真寺は、戦国時代から現代まで、この地域の歴史を静かに見守り続けてきた貴重な存在であり、地域住民にとって心の拠り所となっているのだな。