hiyoshi jinja ( kokubunchou )
Fukuoka 久留米市 fukuokaken kurumeshi kokubunchou 711-1
History
ふむ、吾輩がこの日吉神社の由緒を語ってやろう。 吾輩がこの地にいつから鎮座しておるのか、それは遠い昔のことじゃて、最早定かではないのじゃ。しかし、この国分町の地に古くから根を下ろし、人々の信仰を集めてきたことは確かであるぞ。主祭神は、大山咋神じゃな。かの滋賀の日吉大社の御祭神と同じ、山と水を司る神、農耕の神、そして産業の神として、広く崇められておる。 国分町という地名には、かつて筑後国分寺があったという謂れがあるのじゃ。吾輩は、その国分寺の鎮守として、あるいはこの地全体の総鎮守として、長きにわたり、この地の安寧と繁栄を見守ってきたのじゃな。 江戸の世には、久留米藩主有馬家からも篤い崇敬を受け、社殿の修復や祭礼の維持に尽力があったと伝えられておる。明治に入り、神仏分離令によって国分寺との関係は薄れたものの、この地の民の信仰は変わらず、氏子によって大切に守られてきたのであるぞ。 今もなお、吾輩はこの国分町の氏神様として、例大祭をはじめとする様々な祭事を見守っておる。五穀豊穣、家内安全、厄除けなどを願う人々によって、日々参拝が絶えることはないのじゃ。この地に深く根差した神社として、吾輩はこれからも、国分町の歴史と文化を支え続けていくことであるぞ。