sakae ritsu tera
Kumamoto 球磨郡 kumamotoken kuma gun yunomae machimachi shimojou 3 1 2 3 - 1
History
吾輩は、この榮立寺の地を永きにわたり見守ってきた白狐であるぞ。ここ榮立寺は、熊本県球磨郡湯前町下城に鎮座する浄土真宗本願寺派の古刹じゃな。その由緒と歴史は、この球磨の地に深く根ざした人々の信仰と、まさに一体であるのじゃ。 創建は、江戸の世が始まったばかりの寛永年間、およそ400年ほど前のことであると伝えられておる。かの本願寺第12代宗主、准如上人の御弟子である釋了賢上人が、この地に念仏の教えを広めんがために、小さな草庵を結んだのが始まりであるのじゃ。それが、この榮立寺の黎明であるぞ。 当初は、開基の名を冠して「了賢坊」と呼ばれておったが、やがて本願寺より、この地に相応しい「榮立寺」という寺号を賜り、正式な寺院となったのじゃ。江戸の世を通じて、球磨の地における浄土真宗の布教の要として、実に多くの人々の信仰を集めてきたのであるぞ。 明治の御代に入り、廃仏毀釈という嵐が吹き荒れた時も、この地の住民たちの厚い信仰に支えられ、その法灯は決して途絶えることなく守り継がれてきたのじゃ。大正の時代には、本堂の改築が行われ、今に見る伽藍の基礎が築かれたのである。 昭和に入り、太平洋戦争の戦禍を奇跡的に免れ、戦後も地域社会の精神的な支柱として、法要や様々な行事を通じて、人々の心の拠り所であり続けたのじゃ。近年では、老朽化した施設の改修や、次世代へと教えを継承せんがためにも、力を注いでおるのであるぞ。 榮立寺は、開基よりおよそ400年もの長きにわたり、念仏の教えを伝え、この湯前の地の人々の心の安寧に貢献してきた歴史を持つ寺院であるのじゃ。その歴史は、湯前町の信仰と文化の歩みを、まざまざと物語る貴重な存在であると言えようぞ。