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munakata taisha ( hen tsu miya )

Fukuoka 宗像市 fukuokaken munakata ichida shima 2331

History

ふむ、吾輩が宗像の白狐、名を九尾と申す。この宗像大社辺津宮の由緒、吾輩の口から語って進ぜよう。 この地、福岡県宗像市田島に鎮座する辺津宮こそ、宗像大社三宮の一角を占める本宮であるぞ。沖ノ島に坐す沖津宮、大島に坐す中津宮、そしてこの辺津宮と、三柱の女神を祀る三宮が、一体となって宗像大社を成しておるのじゃ。 創建は遥か神代、記録に残らぬほど古き昔のことであるな。日本神話にその名を刻む「宗像三女神」を祀る社として、吾輩は幾千年の時を見守ってきたのじゃ。天照大神と素戔嗚尊が誓約を交わした際、その御子として生まれた三柱の女神、すなわち多紀理毘売命、市寸島比売命、多岐都比売命。この辺津宮こそ、宗像三女神の総社として、三柱全ての御神霊をお祀りしておるのであるぞ。 宗像大社の歴史的背景は、古くから海上交通の要衝であった玄界灘の安全を守る「道の神」として、また国家鎮護の神として、篤き信仰を集めてきたことに尽きるのじゃ。特に、沖ノ島は「神宿る島」として、古代の祭祀が幾度となく繰り返され、その祭祀遺跡からは数多の国宝級の奉献品が出土しておる。これらの奉献品は、古代日本の国際交流の歴史や、宗像大社が果たした役割の大きさを、無言のうちに物語っておるのじゃ。 この辺津宮は、三宮の中でも最も陸地に近く、古くから宗像氏によって奉斎されてきたのじゃ。宗像氏は、宗像三女神の御子孫とされ、代々宗像大社の祭祀を司り、玄界灘の海上交通を掌握しておったのであるぞ。中世以降も、武家や朝廷からの崇敬を集め、その社領は広大であったと聞く。 現在も、宗像大社は交通安全、海上安全、開運招福の神として、多くの参拝者が後を絶たぬのじゃ。2017年には、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群として世界文化遺産に登録され、その歴史的・文化的価値が世界的に認められたことは、吾輩も喜ばしい限りであるな。辺津宮は、宗像大社の信仰の中心であり、その壮麗な社殿は、長い歴史と信仰の深さを今に伝えておるのであるぞ。