Goshuin Info

Handwritten Unknown
Pre-written Unknown
Open in Google Maps

chou gen tera

Kumamoto 山鹿市 kumamotoken yamaga ichiyama shika 28

History

吾輩が語るは、長源寺の由緒であるぞ。熊本県山鹿市山鹿に鎮座するこの曹洞宗の古刹、その歴史は地域の信仰と密接に絡み合っておるのじゃ。 創建は遥か室町時代、文明年間(1469年~1487年)と伝えられておる。開山は、肥後国の守護大名、菊池氏の家臣であった山鹿長源公であるとされておるのじゃ。長源公は、菊池氏の菩提寺、菊池市の大琳寺を開いた南英謙宗禅師の教えに深く帰依し、その法を広めるべく、この地に長源寺を建立したのじゃ。寺号も長源公の名に由来すると考えられておるであるぞ。 当初は菊池氏の庇護を受け、この地域の信仰の中心として大いに栄えたものじゃ。しかし、戦国の世の動乱には抗しがたく、度重なる戦火に見舞われ、一時衰退の憂き目を見たのじゃ。だが、江戸時代に入り、細川氏が肥後国の領主となると、細川氏の厚い保護を受け、見事に再興を果たしたのである。特に、細川忠利公は長源寺を深く信仰し、寺領の寄進や伽藍の修復を行うなど、寺院の発展に大きく貢献したのであるぞ。 そして明治維新後、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ、再び厳しい時代を迎えたのじゃ。だが、地域の檀信徒たちの並々ならぬ尽力により、その法灯は決して途絶えることなく、守り続けられたのである。現在も、地域の人々の心の拠り所として、法要や坐禅会など、様々な行事が行われておるのじゃ。 長源寺は、創建以来、幾多の困難を乗り越えながら、この地域の歴史と信仰を静かに見守り続けてきた寺院であるぞ。その歴史は、山鹿地域の文化と精神性を理解する上で、まことに貴重な存在と言えるであろうな。