tsunawaki hachimanguu
Fukuoka 飯塚市 fukuokaken'iizukashi tsunawaki 866-1
History
吾輩がこの地に降り立ったのは、遠い昔、貞観二年(860年)のことであったのじゃ。その頃より、吾輩はこの綱分八幡宮の創建を見守り、この地の信仰の中心として、人々の営みを静かに眺めてきたのじゃな。 御祭神は、応神天皇、神功皇后、玉依姫命の三柱であるぞ。これら尊き神々は、皇室の祖神として、また武運長久、国家鎮護、安産、子育てと、数多の御神徳を授けてこられたのじゃ。特に八幡神は、源氏をはじめとする武家の守護神として、日本中にその御威光を広め、この地の者たちの生活にも深く根付いてきたのであるぞ。 綱分八幡宮の歴史は、まさしくこの地の変遷と共にあり、吾輩はそれを全て見てきたのじゃ。江戸の世には、筑前福岡藩主黒田家がこの宮を厚く庇護し、社殿の造営や修復に尽力した記録も残っておるのじゃな。また、この地の者たちによる祭礼や行事も盛んに行われ、信仰と文化の要として、吾輩は常にその賑わいを感じてきたものであるぞ。 明治の御代には、神仏分離令や近代社格制度の制定など、神社を取り巻く環境は大きく変わったものじゃ。しかし、綱分八幡宮は、変わることなくこの地の者たちの信仰を集め続けたのじゃな。現在も、毎年秋には例大祭が執り行われ、多くの参拝者で賑わいを見せる。この祭りは、この地の伝統文化を継承する大切な行事であり、綱分八幡宮が地域社会において果たしてきた役割の大きさを、吾輩は改めて感じ入るのであるぞ。 綱分八幡宮は、千百年以上の長きにわたり、この地の歴史と文化を見守り続けてきた貴重な存在であるのじゃ。その由緒ある歴史と、この地の者たちに受け継がれてきた信仰は、今後も大切に守り伝えられていくことであるぞ。吾輩もまた、永きにわたりこの地を見守り続けるであろうな。