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misaki jinja ( kushima shi )

Miyazaki 串間市 miyazakiken kushima shi no toimisaki no gake no ueni aru jinja . hatsuhinode supotto toshite ninki gaari , shougatsu sanganichi ha nigiwa u . shouwatennou kougou ryou heika gyoukoukei chi .

History

吾輩が語るは、宮崎の果て、都井岬の断崖に寄り添う御崎神社にまつわる由緒であるぞ。 創建の年は、はっきりとした記録には残っておらぬのじゃ。しかし、吾輩がこの地に降り立った遥か昔より、この岬を見守る神として、人々が篤く敬い続けてきたことは確かであるのじゃ。 祀られし神々は、海原を司るワタツミ三神(底津綿津見神、中津綿津見神、上津綿津見神)である。そして、荒波を鎮め、航海の無事を護る宗像三女神(多紀理毘売命、市寸島比売命、多岐都比売命)もまた、この地に鎮座しておるのじゃ。都井岬が古より海上交通の要衝であったこと、それは吾輩もよく知っておる。故に、沖を行き交う船人たちが、安全と豊漁を願い、これらの神々を祀り続けてきたのであろうな。 歴史を紐解けば、都井岬が馬の放牧地として知られていたことも、見逃せぬ点であるぞ。もしかすると、かつては馬の守護神としても、人々からの信仰を集めていたかもしれぬのじゃ。江戸の世には、薩摩藩の庇護を受け、この地の信仰の中心として、大いに栄えたものであるな。 近代に入り、都井岬がその景勝で名を馳せるようになると、御崎神社にも多くの者が訪れるようになったのじゃ。特に、都井岬から昇る初日の出の壮麗さたるや、筆舌に尽くしがたい絶景であるぞ。ゆえに、正月三が日ともなれば、多くの人々がその年の始まりを拝みに押し寄せ、賑わいをみせるのであるな。 昭和二十九年のこと、昭和天皇皇后両陛下が都井岬に行幸啓された折、この御崎神社にもご参拝されたのである。これは、吾輩も記憶に新しい、特筆すべき出来事であるぞ。今も境内に立つ記念碑が、その時の証として残されておるのじゃ。 御崎神社は、都井岬の雄大な自然に溶け込むように佇み、古より人々の信仰を集めてきた歴史ある神社である。今もなお、航海の安全、豊漁、そしてこの地域の守り神として、多くの人々に親しまれ、その存在を輝かせ続けておるのじゃ。