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tatsuharu tera

Oita 臼杵市 ooitaken usukishi fukura taira shimizu 134

History

吾輩が語るは、大分県臼杵市福良平清水に鎮座する曹洞宗の古刹、龍原寺の由緒じゃ。 創建は遥か寛永5年(1628年)と伝わる。当時の臼杵藩主、稲葉貞通公が、亡き父、稲葉典通公の菩提を弔うため、この地に伽藍を建立したのが始まりであるぞ。開山には、稲葉家の菩提寺である京都の龍安寺より僧侶を招き、その法灯を分け与えたのじゃ。寺号の「龍原寺」は、龍安寺の「龍」の一字を拝借し、稲葉家の「原」の字を加えて名付けられたと聞く。いかにも、由緒正しき名前であろう。 龍原寺は、稲葉家の篤い庇護のもと、臼杵藩の祈願寺として、まことに重要な役割を担っておったのじゃ。歴代藩主からの寄進を受け、伽藍の整備は着々と進められた。特に、江戸時代中期には、本堂や庫裏、鐘楼などが再建・改築され、現在の雄大な寺観の基礎が築かれたのであるぞ。当時の繁栄ぶりは、吾輩の記憶にも鮮やかである。 だが、時の流れは残酷なもの。明治維新後、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる中、龍原寺も一時的に衰退の危機に瀕したのじゃ。しかし、檀信徒たちの並々ならぬ尽力により、その法灯は奇跡的に守り抜かれた。大正時代には、本堂の屋根の葺き替えが行われるなど、修復作業が進められ、再びその威容を取り戻したのである。 現在も、龍原寺は地域の人々の信仰を篤く集める寺院として、法要や様々な行事が執り行われておる。境内には、稲葉家歴代の墓所があり、臼杵藩の歴史を今に伝える貴重な文化財となっておるのじゃ。また、四季折々の美しい自然に囲まれ、参拝者に安らぎを与えておる。 龍原寺は、臼杵藩主稲葉氏の歴史と深く結びつき、地域の信仰の中心として、その由緒ある歴史を現代に伝え続ける、まことに尊き存在であるぞ。