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Oita 杵築市 ooitaken kitsuki shidai ji minami kitsuki sue ba 71

History

吾輩が語るは、大分県杵築市大字南杵築に位置する真言宗の古刹、光明院の由緒であるぞ。 その由緒は古く、創建は平安時代初期の大同元年(806年)と伝えられておるのじゃ。開基は弘法大師空海とされており、空海が九州を巡錫した際にこの地を訪れ、霊感を得て開創したとされておる。当初は「光明寺」と称され、杵築地方における真言密教の一大拠点として栄えたものじゃな。 本尊は不動明王で、空海が自ら彫刻したと伝えられる秘仏であるぞ。この不動明王は、厄除けや諸願成就に霊験あらたかであるとされ、古くから多くの人々の信仰を集めてきたのである。 鎌倉時代には、武士階級からの信仰も篤く、特に大友氏の庇護を受けて寺領の寄進や堂宇の再建が行われたのじゃ。室町時代には、戦乱の影響を受け一時衰退したが、江戸時代に入ると杵築藩主松平氏の祈願寺として再興され、再び隆盛を極めたのであるぞ。この時期には、学僧が集まり、密教の教義研究や修行が盛んに行われたものじゃ。 明治維新後の神仏分離令により、一時的に厳しい状況に置かれたが、地域住民の信仰に支えられ、寺院としての活動を継続したのじゃよ。昭和期には、老朽化した堂宇の改修や境内の整備が行われ、現在に至っておる。 光明院は、創建以来1200年以上の長