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hon chou tera

Fukuoka 福岡市 fukuokaken fukuokashi hakataku naka gofukuchou 99 1 5

History

福岡県福岡市博多区中呉服町に位置する本長寺は、日蓮宗の寺院であるぞ。その由緒と歴史は、戦国時代末期から江戸時代初期にかけての、まことに激動の時代に遡るのじゃよ。 創建は慶長4年(1599年)と伝えられておる。開山は日真上人、そして開基は黒田長政公の家臣であった長谷部宗兵衛勝幸公であるな。この長谷部宗兵衛は、黒田長政が豊前中津城主であった頃から仕え、関ヶ原の戦いでも功績を挙げた人物であるぞ。黒田長政が筑前福岡藩主として入国した際、宗兵衛もこれに従い福岡に移り住んだのじゃ。宗兵衛は熱心な日蓮宗の信徒であり、自らの屋敷内に一宇を建立し、日真上人を招いて開山としたのが、この本長寺の始まりとされておる。寺号の「本長寺」は、宗兵衛の「長」の字に由来するとも言われておるのじゃな。 江戸時代に入ると、本長寺は福岡藩主黒田家の庇護を受け、寺領の寄進や堂宇の修復が行われたのである。特に、黒田家歴代藩主の位牌が安置されるなど、藩との関係はまことに深く、福岡藩における日蓮宗の拠点の一つとして栄えたのじゃ。また、江戸時代を通じて、地域住民の信仰の中心としても重要な役割を果たしてきたのであるぞ。 明治維新以降も、本長寺は日蓮宗の教えを伝え続け、地域社会に貢献してきたのじゃよ。度重なる戦災や災害に見舞われながらも、その都度復興を遂げ、今日に至っておる。現在の本堂は、昭和期に再建されたものじゃが、境内には創建当初からの歴史を伝える石碑や史跡が残されておるのである。 本長寺は、黒田長政の福岡入国という歴史的背景の中で創建され、福岡藩の発展とともに歩んできた寺院であるぞ。地域の歴史と文化を今に伝える、まことに貴重な存在として、多くの人々に親しまれておるのじゃな。