fukura tenmanguu
Oita 臼杵市 ooitaken usukishi fukura 211 banchi
History
さて、吾輩が次に語るは、大分県臼杵市福良に鎮座する「福良天満宮」の由緒じゃ。 その創建は、社伝によれば寛和元年(985年)と伝えられておる。これは、学問の神、至誠の神として広く崇敬される菅原道真公が太宰府で亡くなられてから、およそ70年後のことであるぞ。祭神はもちろん、その菅原道真公であるな。 福良天満宮の創建には、当時のこの地域の文化や信仰が深く関わっておったのじゃ。道真公は、生前は優れた学者であり政治家であったが、政争に巻き込まれて大宰府に左遷され、その地で非業の死を遂げたのだ。その後、京では天変地異が相次ぎ、これが道真公の怨霊によるものと恐れられ、その御霊を鎮めるために各地に天満宮が創建されるようになったのであるぞ。福良の地においても、道真公への崇敬の念が高まり、この地に天満宮が建立されたのであろうよ。 江戸時代に入ると、臼杵藩主稲葉氏の庇護を受け、藩内における重要な神社の一つとして崇敬されてきたのじゃ。特に、学問の神様として、藩士の子弟や領民から厚い信仰を集め、学業成就や合格祈願のために多くの人々が参拝したものじゃな。 現在も、福良天満宮は地域の守り神として、また学問の神様として、地元の方々をはじめ、県内外から多くの参拝者が訪れておるぞ。特に受験シーズンには、合格を祈願する絵馬が多数奉納され、境内は賑わいを見せるのである。毎年1月25日には、道真公の誕生日と命日にちなんだ「初天神祭」が執り行われ、多くの参拝者で賑わうのじゃな。 福良天満宮は、千年以上もの長きにわたり、この地域の歴史と人々の信仰を見守り続けてきた、まことに由緒ある神社であるぞ。