kyou an tera
Fukuoka 福津市 fukuokaken fukutsu shi tsuyazaki 4 choume 14-29
History
福岡県福津市津屋崎に位置する浄土真宗本願寺派の寺院、教安寺について語ろうか。その由緒は、実に室町時代にまで遡る、古き歴史を持つ寺であるぞ。 創建は永享年間(1429年~1441年)と伝えられておるのじゃ。開基は了順上人という方じゃな。了順上人は、あの蓮如上人の教えに深く帰依し、この津屋崎の地に草庵を結んだのが教安寺の始まりとされておるのじゃよ。当初は「教安坊」と称しておったが、後に寺号を「教安寺」と改めたのであるぞ。 津屋崎は古くから漁業が盛んな地域であり、海上交通の要衝でもあった。教安寺は、そうした地域の人々の信仰の中心として、また心の拠り所として重要な役割を担ってきたのじゃ。戦国時代には、度重なる戦乱により一時衰退の危機に瀕したこともあったが、江戸時代に入ると、福岡藩主黒田家の庇護を受け、見事に再興を果たしたのであるな。 特に、江戸時代中期には、学僧を招いて学問所を開設するなど、地域の文化・教育の発展にも大きく貢献したのじゃよ。また、津屋崎千軒と称されるほど栄えた津屋崎の町衆の信仰を集め、多くの寄進によって堂宇の整備や仏像の造立が行われたのであるぞ。 明治時代以降も、教安寺は地域社会との結びつきを大切にし、法要や行事を通じて人々の信仰を育んできたのじゃ。現代においても、地域に根差した寺院として、仏教の教えを伝え、人々の心の安寧に寄与しておる。本堂には阿弥陀如来が本尊として祀られており、参拝者に安らぎを与え続けておるのであるぞ。