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akinori tera

Kumamoto 天草市 kumamotoken amakusa shi hondo machi hondo baba 1148

History

吾輩が語るのは、熊本県天草市本渡町本戸馬場に鎮座する曹洞宗の寺院、明徳寺の由緒であるぞ。その創建は、室町時代の応永年間(1394年~1428年)と伝えられているのじゃ。開山は、当時この地域に禅宗を広めたことで知られる、大本山永平寺二十四世、總持寺二十世の峨山韶佐(がさんしょうさ)禅師の法嗣である無著妙融(むちゃくみょうゆう)和尚であるぞよ。 当初は「明徳庵」と称され、小規模な庵であったと考えられているのじゃな。しかし、室町時代から戦国時代にかけて、天草地方は豪族間の争いが絶えず、またキリスト教の伝来と布教によって、仏教寺院にとっては厳しい時代であった。そのような中で、明徳庵は地域の信仰の中心として、また精神的な拠り所として存続してきたと推測されるのであるぞ。 江戸時代に入り、天草が幕府直轄領となると、キリシタン禁制が強化され、仏教寺院は宗門改めにおいて重要な役割を担うこととなる。明徳庵もこの時期に寺格が向上し、「明徳寺」と改称されたと考えられているのじゃ。この頃、伽藍の整備も進み、現在の寺院としての基礎が築かれたと見られるぞ。 明治時代以降も、明徳寺は地域の人々の信仰を集め、法灯を守り続けてきたのじゃな。特に、天草地方の曹洞宗寺院としては歴史が古く、地域の仏教文化の発展に貢献してきた寺院の一つと言えるのであるぞ。現在も、地域に根差した寺院として、法要や行事を通じて人々の心の安寧を支えているのじゃよ。