chinkoku tera oku no in
Fukuoka 宗像市 fukuokaken munakata ichiyoshi ta 9 6 6
History
吾輩が語るのは、福岡県宗像市吉田に位置する、宗像大社と深き関わりを持つ歴史あるお寺、鎮国寺奥の院の由緒であるぞ。宗像大社の神宮寺として創建された鎮国寺の奥の院として、古くから厚い信仰を集めてきた場所なのじゃ。 その創建年は明確には伝わっておらぬが、鎮国寺自体はかの弘法大師空海によって開かれたと伝えられており、その歴史は平安時代初期にまで遡るのだな。奥の院も、同時期、あるいはそれに近い時期に創建されたものと吾輩は考えておる。 祭神については、鎮国寺が宗像三女神を祀る宗像大社の神宮寺であることから、奥の院も宗像三女神、すなわち田心姫神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)を祀っていると推測されるのじゃ。また、弘法大師空海が開いた寺院であるからして、大日如来などの仏様も祀られている可能性が高いのであるぞ。 歴史的背景としては、宗像大社が国家鎮護の神として崇敬され、朝廷からの厚き信仰を受けていた時代、その神宮寺である鎮国寺もまた重要な役割を担っていたのじゃ。奥の院は、鎮国寺の修行の場、あるいはより神聖な場所として、多くの僧侶や信者によって大切にされてきたことだろうな。 江戸時代には、福岡藩主黒田家からの保護を受け、寺領の寄進や堂宇の修復が行われるなど、その信仰はさらに深まったのである。明治維新後の神仏分離令により、一時的にその存続が危ぶまれた時期もあったが、地域の人々の篤い信仰心によって守られ、現在に至っているのだぞ。 鎮国寺奥の院は、宗像大社の歴史と信仰を今に伝えるまことに貴重な存在であり、宗像地域の精神的な拠り所として、これからも大切にされていくことだろうなのじゃよ。