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mitsunori tera

Kumamoto 阿蘇市 kumamotoken'aso shi nishimachi 7 7 6

History

吾輩は白狐。光徳寺の由緒、語って進ぜよう。 光徳寺は、熊本県阿蘇市西町776に鎮座する浄土真宗本願寺派の寺院であるぞ。その創建は、遥か戦国時代の永禄年間(1558年~1570年)に遡るのじゃ。開基は、本願寺第10世法主であらせられた証如上人の弟子、釋了玄と伝えられておるのじゃな。 当初は「光徳坊」と称し、現在の阿蘇市一の宮町宮地に在ったそうじゃ。じゃが、戦乱の世にあって、度重なる戦火に見舞われ、寺院は焼失と再建を繰り返したのじゃ。特に、天正年間(1573年~1592年)には、豊臣秀吉による九州征伐の際に、阿蘇氏と島津氏の戦乱に巻き込まれ、多大なる被害を被ったと記録されておるぞ。 江戸時代に入り、世情が安定すると、光徳寺も再建が進められたのじゃ。寛永年間(1624年~1644年)には、現在の阿蘇市西町へと移転し、寺号を「光徳寺」と改めたそうじゃ。この頃には、阿蘇地方における浄土真宗の拠点の一つとして、多くの信徒を集め、教化活動に尽力したのであるぞ。 明治維新以降も、光徳寺は地域の人々の信仰の中心として、その役割を果たし続けておるのじゃ。特に、阿蘇地方は火山活動が活発な地域ゆえ、噴火や地震といった自然災害に見舞われることも少なくないのじゃな。そのような中で、光徳寺は、人々の心の拠り所として、また、地域の文化や歴史を伝える貴重な存在として、大切に守られてきたのであるぞ。 現在も、光徳寺では、毎日の勤行や法要のほか、地域住民を対象とした様々な行事が行われておるのじゃ。また、境内には、歴史を感じさせる建造物や、美しい庭園があり、訪れる人々に安らぎを与えておるぞ。光徳寺は、阿蘇の地で、長きにわたり人々の信仰と生活に寄り添い、その歴史を刻んできた寺院であるのじゃ。