take you tera
Kumamoto 熊本市 kumamotoken kumamotoshi nishiku rendaiji 4 choume 33 1
History
吾輩が語るは、熊本の地に静かに佇む竹陽寺の由緒であるぞ。 竹陽寺はのう、熊本市西区蓮台寺に位置する曹洞宗の寺院じゃ。その創始は遠く室町時代に遡る。永享年間、菊池氏の一族たる菊池武邦公によって開かれたと伝えられておるのじゃ。当初は菊池氏の菩提寺として、その歴史の第一歩を記したのであるな。 開山は、当時九州に名を馳せた高僧、南英謙宗和尚である。和尚は肥前国の陽泰寺の住職を務め、数多の弟子を育てたことで知られておる。竹陽寺は、この南英謙宗和尚の法流を受け継ぎ、禅の教えを広める拠点としてその役割を担ったのじゃ。 戦国の世には、菊池氏の衰退と共に竹陽寺も一時衰微したが、江戸時代に入ると、熊本藩主細川氏の庇護を受け、見事に再興されたのである。特に、細川忠利公は竹陽寺を深く信仰し、寺領の寄進や堂宇の修復を行うなど、寺院の復興に尽力したのであるぞ。この時期には、多くの学僧が竹陽寺で学び、禅宗文化の発展に貢献したのじゃ。 明治維新後の廃仏毀釈の嵐には、竹陽寺も翻弄されたが、地域住民の厚い信仰に支えられ、その法灯は護り抜かれたのである。昭和期には、老朽化した堂宇の改修や、新たな施設の建設が行われ、現代に至るまで地域に根差した寺院として、人々の信仰を集めておるのじゃ。 竹陽寺は、室町時代から続く長き歴史の中で、菊池氏、細川氏といった有力者の信仰を集め、また多くの高僧を輩出してきたのであるな。その歴史は、熊本の地における禅宗の発展と、地域の人々の信仰の歩みを物語る貴重な存在であると言えよう。現在も、坐禅会や法要を通じて、多くの人々に心の安らぎを提供しておるのじゃ。