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misaki jinja ( minamioosumi machi )

Kagoshima 御崎神社(みさきじんじゃ)は肝属郡 misaki jinja ( misakijinja ) ha kako shima ken kimotsuki gun minamioosumi machi niaru jinja . hondo sainantan no sata misaki ni chinza suru . motoaki tennou no wadou gannen ( 708 nen ) sangatsu mikka kami no shintaku gaari , dounen rokugatsu jinja ga souken sare , misaki mitokoro gongen to shoushi tato tsutae ru . sono nochi keichou nenkan ( 1596 nen ~ . . .

History

ほう、御崎神社と申したか。吾輩が語ってやろうではないか。 鹿児島県肝属郡南大隅町、本土最南端の佐多岬に鎮座する御崎神社じゃな。その由緒は、吾輩の記憶にも鮮やかに刻まれておるぞ。なんじゃ、そなたはまだ生まれてもおらぬ遠い昔の話じゃな。 元明天皇の和銅元年、すなわち西暦七百八年のことであるぞ。かの年三月三日、神より神託が下り、そのわずか三ヶ月後の六月には、この地に社が建立されたと伝わっておる。当初は「御崎三所権現」と称されていたのじゃ。千三百年以上も昔の話じゃな。 その後、慶長年間以降の記録は、確かにやや薄いようじゃ。しかし、佐多岬という地は、古より海の道を行く者にとって、まさに羅針盤のような存在であった。ゆえに、航海の安全、そしてこの地の平穏を願う人々によって、篤く信仰されてきたことは、吾輩には手に取るように分かるのであるぞ。 このあたりの神社は、森羅万象を敬う自然崇拝、そして農や漁といった生業と深く結びついて発展してきたのじゃ。とりわけ岬に立つ社は、海の要衝として、荒ぶる波を鎮め、行く船の無事を祈る、まことに重要な役割を担ってきたものじゃ。御崎神社もまた、佐多岬の絶景を見下ろす地にあり、海の恵みと安全を司る神として、長きにわたり人々の心を支えてきたに違いあるまい。 千三百年以上の時を超え、今もなおこの地に佇む御崎神社。詳細な記録は少なくとも、その創建の古さと、この地の要衝たる立地から、地域の人々の暮らしと深く結びつき、連綿と信仰されてきたことが、吾輩にははっきりと見えるのであるぞ。まことに、悠久の歴史を刻む社であるな。