usuki gokoku jinja
Oita 臼杵市 ooitaken usukishi ooaza usuki 7 5 8 2
History
大分県臼杵市大字臼杵に鎮座する「臼杵護国神社」についてじゃな。その由緒と歴史は、明治維新以降の、まさに激動の時代と深く結びついておるのであるぞ。 創建は明治13年(1880年)とされておるのじゃ。当初は「臼杵招魂社」として建立され、戊辰戦争をはじめとする明治維新前後の国事に殉じた、臼杵藩出身の士族や兵士たちの御霊を祀ることを目的としていたのじゃな。当時の明治政府は、国家のために命を捧げた人々を顕彰し、その精神を後世に伝えるため、各地に招魂社を建立する方針を打ち出しておったから、臼杵招魂社もその流れの中で創建されたものと見てよいであろう。 祀られているのは、明治維新から大東亜戦争に至るまでの国難に際し、尊い命を捧げられた臼杵市出身の護国の英霊たちであるぞ。具体的には、戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、そして第二次世界大戦(大東亜戦争)において戦没された方々の御霊が、ここに鎮まるのじゃ。 昭和14年(1939年)には、内務省令により「臼杵護国神社」へと改称されたのじゃな。これは全国の招魂社が護国神社へと変わった時期と一致しており、国家神道体制下における護国神社の位置づけが強化されたことを示しておるぞ。戦後は、国家と神社の関係が変わりゆく中で、宗教法人として新たな出発を遂げ、現在に至るまで地域の平和と繁栄、そして英霊の慰霊を祈る大切な場として、人々から篤く敬われておるのじゃ。 境内には、戦没者の慰霊碑