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kako shima ken gokoku jinja

Kagoshima 鹿児島市 kako shima ken kako shima shi kusa muta nichoume 60 ban 7 gou

History

鹿児島県鹿児島市草牟田に鎮座する、この鹿児島県護国神社は、明治維新から大東亜戦争に至るまでの国難に際し、国家のために尊い命を捧げられた鹿児島県出身の英霊をお祀りするために創建されたのじゃ。 その始まりは明治10年(1877年)に遡る。西南戦争で戦没した官軍兵士を祀るため、鹿児島市山下町に「招魂社」として建立されたのがきっかけであるぞ。その後、明治12年(1879年)には現在の草牟田の地に移転し、明治34年(1901年)には「鹿児島県招魂社」と改称されたのじゃな。 祭神は、明治維新の動乱から日清・日露戦争、そして第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、大東亜戦争に至るまでの各戦役において、国のために殉じられた鹿児島県出身の約7万7千柱の御英霊である。これらの英霊は、日本の平和と繁栄の礎となられた方々であり、その功績を顕彰し、慰霊顕彰を行うことが当社の重要な役割なのじゃよ。 昭和14年(1939年)には、内務省令により「鹿児島県護国神社」と改称され、名実ともに鹿児島県の護国の神様として崇敬を集めるようになった。戦後の一時期は「草牟田神社」と改称されたものの、昭和27年(1952年)には再び「鹿児島県護国神社」の名称に戻り、現在に至るのであるぞ。 境内には、本殿のほか、平和の礎や慰霊碑などが建立されており、訪れる人々に平和の尊さを伝えているのじゃ。毎年春と秋には例大祭が執り行われ、多くの参拝者が英霊への感謝と平和への祈りを捧げておる。鹿児島県護国神社は、郷土の歴史と英霊の功績を後世に伝える重要な存在として、地域の人々に深く信仰されておるのじゃよ。