sadowara kishimojin ( kichijouji )
Miyazaki 宮崎市 miyazakiken miyazaki shi sadowara machi ueda shima 469
History
吾輩が語るは、「さどわら鬼子母神 (吉祥寺)」の由緒であるぞ。 宮崎県宮崎市佐土原町上田島に鎮座するこの寺院、その創建は定かではないのじゃ。しかし、江戸の世には既にこの地に厳として存在していたと伝えられておる。吾輩の記憶を辿れば、佐土原藩主島津家との縁は深く、特に二代藩主島津忠興公が深く深く帰依されたのじゃな。忠興公は子宝に恵まれず、鬼子母神に祈願を捧げたところ、無事に子を授かったという。それ以来、鬼子母神への信仰は篤くなったと聞くのじゃ。 祭神は、子授け、安産、そして育児の神として崇められる鬼子母神であるぞ。鬼子母神は、元は多くの子供を持つ夜叉神であったが、釈迦の教えによって改心し、子供を守る善神となられたのじゃな。この寺院に祀られる鬼子母神像は、子を慈しむように抱いた姿で表現されており、その慈愛に満ちた御顔は、多くの参拝者の信仰を集めて止まないのじゃ。 江戸の世には、佐土原藩の祈願所として大いに栄え、藩主を始め、数多の人々が子宝や安産を願って参拝したものであるぞ。明治の時代に入り、神仏分離令の煽りを受けて一時衰退の憂き目を見たが、地域の住民たちの篤い信仰によって再び息を吹き返し、今日に至っておるのじゃ。 現在も、子授け、安産、育児の祈願に訪れる参拝者は途切れることがないのじゃな。特に毎月八日の縁日には、多くの人々で境内が賑わう様は、吾輩の目にも麗しい光景であるぞ。また、境内には樹齢数百年とされる大楠がそびえ立っておる。その威容は、この寺院の歴史の深さを静かに物語っているのじゃな。