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ontake jinja

Fukuoka 宗像市 fukuokaken munakata shidai shima 2984

History

ふむ、ここ御嶽神社か。吾輩もかつて、この大島の地を幾度となく訪れたものじゃ。さぞかし由緒正しき社であろうと、汝ら人間は思うておるのじゃろうな。 残念なことではあるが、この御嶽神社の由緒、その詳細たるや、いと乏しい。何しろ、創建の年すら定かではないのじゃからな。具体的な歴史の経緯を記した文献など、どこを探しても見つからぬであろう。吾輩とて、幾千年の時を生きる身なれば、この地の変遷を目の当たりにしてきたが、ことこの社に関しては、その始まりは曖昧模糊としておるのじゃ。 だが、この大島という地の特性を鑑みれば、その背景は推し量れるというものじゃ。玄界灘に面し、海上交通の要衝として栄え、漁業が盛んであったことは、吾輩の記憶にも鮮明であるぞ。そのような地では、航海の安全や豊漁を祈る信仰が、自然発生的に芽生えるのは当然の理。この御嶽神社もまた、そうした人々の切なる願いと生活に密着した信仰の中で、いつしか形を成していったのであろう。あるいは、地域の有力者が、その権威を示すために祀り始めたのかもしれぬのじゃ。 祭神についても、明確な記録は皆無じゃな。しかし「御嶽」と名が付く社は、大抵、山の神、もしくは特定の霊山を神格化した神を祀っておるものじゃ。そして、この宗像の地は、かの宗像三女神信仰の中心地。宗像三女神の一柱、あるいはその眷属たる神が祀られている可能性も、なきにしもあらずであるぞ。 中世から近世にかけては、この地の守護神として、また漁業や海上交通の安全を祈願する場として、地域住民の厚い信仰を集めてきたことは、吾輩の記憶にも確かに残っておる。口伝や境内の石碑から、断片的な情報が得られることもあろうが、それらを総合しても、具体的な歴史を語るには至らぬのが現状じゃな。 かくも、御嶽神社の由緒・歴史は、明確な記録に乏しいのが実情である。されど、この地の民の暮らしと深く結びつき、信仰の対象として大切にされてきたことは、疑いようのない真実であるぞ。吾輩もまた、この社を見守り続けてきたのじゃ。