2026年の中秋の名月は**9月25日(金)**だ。
その夜、奈良市の中心部にある猿沢池(さるさわいけ)では、一年に一度だけ行われる夜の神事が始まる。雅楽を奏でる舟が池を回り、灯篭が水面に揺れ、時代装束をまとった行列が興福寺の坂道を下りてくる——采女祭(うねめまつり)だ。
この祭りを知らずに、十五夜の奈良に行くと何かを見落とす。
采女とは誰か
「采女」という言葉は現代ではほとんど使われない。奈良時代、朝廷に仕えた下級女官のことだ。各地の有力氏族から容姿端麗な女性が選ばれ、天皇の身の回りの世話や食事の給仕を担った。
猿沢池の祭りが祀る采女の話は、平安時代の説話集『大和物語』に記されている。帝の寵愛を受けていた采女がいた。しかしある日、帝は彼女に飽き、振り向かなくなった。采女は嘆き悲しみ、池に身を投げた——という話だ。
その霊を慰めるために、猿沢池の畔に小さな社が建てられた。それが采女神社だ。
池に背を向ける社
采女神社には、一目でわかる奇妙な特徴がある。社殿が猿沢池に背を向けて建っている。
通常、神社の社殿は参道に向かって正面を向く。参拝者が池の方から来るならば、社殿は池の方向を向くはずだ。しかしここでは逆だ。
伝説によれば、社殿はかつて池の方向を向いて建てられていたが、ある夜、池に面することに耐えられなくなったかのように、一夜で向きを変えたという。霊が自らの死に場所を見たくなかった——そういう説明がされる。
史実かどうかはわからない。ただ、人が「なぜこの神社は背を向けているのか」と問いかけ、誰かがこの答えを語り継いできたという事実がある。話そのものが祀りの形だ。
采女祭の内容
祭りは毎年、中秋の名月(旧暦8月15日)の夜に開催される。2026年は9月25日(金)の夕刻から夜にかけて実施される。
17時頃 — 花扇奉納行列
市内のホテルや大宮通りから、時代装束をまとった行列が采女神社に向かって歩く。先頭には高さ数十センチの「花扇(はなおうぎ)」——秋の草花で飾られた大きな扇——を捧げ持つ人物が続く。平城京の宮廷文化を視覚的に再現した行列で、沿道から見ることができる。
18時頃 — 采女神社での神事
社殿前で正式な祭典が執り行われる。春日大社の神職が祭祀を担う(采女神社は春日大社の境外末社にあたる)。
18時45分頃 — 采女おとがたり
采女の悲恋を題材にした語りと音楽の奉納。篠笛の演奏が猿沢池の水面に響く。
池上の舟遊び
雅楽を奏でる舟が、灯篭を浮かべた池の上を周回する。月と舟と灯篭が重なる光景は、奈良の夜の中でも特別な時間だ。
糸占い
この夜のみ、社前で「糸占い」が行われる(300円)。中秋の名月の夜、采女神社の前で赤い糸を針に通すと、願いが叶うという言い伝えだ。待ち時間が生じることが多い。
御朱印の受け取り方——夜の前に動く
ここで重要な点がある。采女神社では通常の御朱印は授与されていない。
采女神社は小さな境外末社であり、常駐の神職はいない。御朱印は、祭り当日に特別対応がある可能性はあるが、確定した情報は毎年の直前発表に依存する。
隣接する春日大社(徒歩約10分)で御朱印をいただく方が確実だ。
春日大社の御朱印受付は通常15時〜16時頃まで。祭りが17時に始まることを考えると、逆算が必要になる。午後の早い時間に春日大社を参拝して御朱印を受け取り、移動して猿沢池の祭りを見る——これが現実的な動線だ。
春日大社では月替わりの御朱印や、秋の行事に合わせた限定御朱印が授与されることがある。9月の詳細は参拝前に公式サイトで確認を。
奈良の主要な神社の基本情報は奈良の神社ガイドもあわせて参照。
2026年の名月——満月ではない
一点、事前に押さえておきたい。
2026年の中秋の名月は9月25日だが、**本当の満月は2日後の9月27日(日)**だ。旧暦(太陰暦)の「8月15日」と、現代天文学の「満月」は別概念であり、一致しない年の方が多い。
つまり、采女祭の夜(9月25日)に見える月は、わずかに欠けた状態だ。
ただし、それがこの祭りを損ないはしない。采女祭は満月を見る行事ではなく、十五夜という「時間の節目」を迎える行事だ。月の形より、水面への映り込みと灯篭の揺れに意味がある。
周辺の参拝——興福寺と若草山
采女神社と猿沢池は、興福寺(こうふくじ)の南大門跡のすぐ下にある。
興福寺は藤原氏の氏寺として奈良時代から続く大寺院で、国宝館に阿修羅像をはじめとする多くの仏像を収蔵する。境内では寺院としての御朱印を受け取ることができ、中金堂の再建(2018年)以降、御朱印の種類も整理されている。
猿沢池の北側の坂を上れば、そのまま奈良公園を歩き、春日大社の参道に続く。秋の夕方、鹿が群れている奈良公園を抜けて春日大社に至る道は、都市の中の時間旅行だ。
若草山の山焼きは1月だが、秋の若草山は夕暮れ時に金色に染まる。采女祭の前に時間があれば、山に登って奈良盆地を見下ろすことを勧める。
参拝メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 采女祭 | 2026年9月25日(金)夕刻 |
| 花扇行列開始 | 17時頃 |
| 会場 | 猿沢池周辺(奈良市登大路町) |
| 春日大社 御朱印受付 | 8:00〜16:30(目安) |
| アクセス | 近鉄奈良駅から猿沢池まで徒歩約5分 |
| 駐車場 | 周辺コインパーキング使用(奈良公園エリアは混雑) |
情報ソース:
画像クレジット:Uneme Matsuri boats Nara — Kochizufan, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons (File:Uneme_Matsuri_boats_Nara.jpg)
この記事の情報は2026年8月23日時点のものです。祭りの詳細日程・御朱印の授与状況は各神社の公式情報でご確認ください。


