妙國寺

📍 大阪府堺市 堺市堺区材木町東4丁1-4

📿 御朱印情報

受付時間

09:00〜16:00

初穂料

直書き

不明

書き置き

不明

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

ふむ、妙國寺の由緒を語れと申すか。吾輩に任せておけ。 妙國寺は、大阪府堺市堺区材木町東に鎮座する、日蓮宗の本山じゃ。永禄5年(1562年)、日蓮宗の僧、日珖上人によって開かれたのじゃな。その歴史は、吾輩が数多の世を見てきたのと比べても、なかなか趣深いものがあるぞ。 この寺の歴史で、特に語り草となっているのが、あの織田信長との因縁じゃ。信長が堺を訪れた際、妙國寺の境内にあったソテツの木に目を奪われたのじゃ。よほど気に入ったと見えて、安土城へ移送させようとしたのだが、これがまた面白い。ソテツは夜な夜な「堺へ帰ろうか、日蓮様が恋しい」と泣き叫んだそうじゃ。信長もさすがに不気味に思ったのであろう、結局、妙國寺に返還したのだ。このソテツは「蘇鉄の木」と呼ばれ、今も境内に健在じゃ。国の天然記念物にも指定されておる、なかなか気骨のある木じゃな。 そして、幕末の慶応4年(1868年)には、「堺事件」という悲しい出来事の舞台ともなったのじゃ。フランス兵が堺の街を測量中に、警備の土佐藩士と衝突し、フランス兵が殺害された事件であるな。事件後、土佐藩士20名が妙國寺で切腹を命じられた。そのうち11名が腹を切ったところで、フランス側が中止を申し出たため、残りの9名は命拾いしたのじゃ。当時の日本と西洋諸国との危うい関係を示す、まことに重要な出来事であった。妙國寺には、切腹した土佐藩士の墓や、事件に関する資料が今も残されておるぞ。 このように、妙國寺は創建以来、堺の歴史とともに歩んできた。織田信長との奇妙な縁、そして堺事件という血塗られた歴史の舞台となったのじゃな。現在も、その歴史的建造物や文化財、そしてあの「蘇鉄の木」が、訪れる人々に歴史の重みと、尽きぬ魅力を伝えておる。吾輩がこうして語るまでもなく、この寺はそれ自体が生き証人なのじゃ。

ご利益

開運招福家内安全厄除け学業成就心願成就無病息災

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