摠見寺

📍 滋賀県近江八幡市 近江八幡市安土町下豊浦6367

📿 御朱印情報

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

ふむ、吾輩が摠見寺の由緒を語ってやろうではないか。 吾輩が見守りし摠見寺は、近江の安土の地に佇む臨済宗妙心寺派の寺院じゃ。その始まりは、かの織田信長が安土城を築いた天正四年(1576年)、城と時を同じくして創建されたのじゃ。信長は、この寺を安土城の総見院と定め、己の菩提寺とするのみならず、天下統一の象徴として、それはもう壮大な伽藍を築いたものじゃな。 創建当初の摠見寺は、安土城の天主閣に匹敵するほどの規模を誇っておったのじゃぞ。三重塔や本堂、数多の塔頭が立ち並び、それは見事な景観であった。信長はここで盛大な法要を執り行い、己の権威を天下に示す場としても、大いに活用しておったのじゃ。しかし、天正十年(1582年)、本能寺の変の後、安土城は無残にも焼失し、摠見寺もその多くが炎上してしまったのじゃ。あの時の炎は、今も吾輩の目に焼き付いておる。 その後、豊臣秀吉によって再建が試みられたものの、残念ながら往時の規模を取り戻すことは叶わなかったのじゃ。江戸時代に入り、徳川家康によって保護され、ようやく徐々に復興が進められたのであるぞ。現在の摠見寺は、当時の面影を残すものは少ないが、三重塔や仁王門などが現存し、信長の安土城築城の歴史を今に伝えておるのじゃ。 境内には、信長の供養塔や、信長が愛用したとされる茶室「総見院茶室」の跡地などがあり、信長ゆかりの地として、多くの歴史好きが訪れておる。また、安土城跡の登山口に位置しておるゆえ、安土城跡を訪れる際の拠点としても、重要な役割を担っておるのじゃな。摠見寺は、織田信長の天下統一の夢と、その後の歴史の変遷を、吾輩と共に、ずっと見守り続けてきた、貴重な歴史遺産であるぞ。

ご利益

立身出世勝運開運歴史探求

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