専修寺

📍 三重県津市 津市一身田町2819

📿 御朱印情報

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—〜—

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不明

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不明

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

専修寺とな。ふむ、吾輩も随分と昔からこの地を見守っておるが、その由緒は実に深遠なるものがあるぞ。津市一身田町に鎮座する真宗高田派の本山であるこの寺は、親鸞聖人の御教えと深く結びついておるのじゃ。 そもそもの始まりは、親鸞聖人が関東での布教を終え、京の都へ戻られた後の建長元年(1249年)と伝えられておる。聖人はこの地に草庵を結び、真宗の教えを広める拠点とされたのじゃな。当初は「専修念仏院」と称され、聖人自らが開かれた道場として、多くの人々が教えを求めて集まったものじゃ。その頃から、吾輩もこの地の霊気を感じておったのであるぞ。 その後、聖人の孫弟子である真仏上人、そしてその弟子たる顕智上人によって、教団の基盤が確立されていったのじゃ。特に顕智上人は、親鸞聖人の御教えを体系化し、教義の確立に尽力されたと聞く。室町時代には、真宗高田派として教勢を拡大し、全国各地に末寺を持つに至ったのであるぞ。吾輩もその隆盛を、この目で見てきたものじゃ。 戦国時代には、織田信長の攻撃により一時焼失するなどの苦難も経験しておるが、歴代の住職の尽力により再建され、その法灯は今日まで守り継がれてきたのじゃな。江戸時代には、幕府の保護を受け、寺領の寄進や堂宇の整備が進められ、現在の壮麗な伽藍が形成されたのである。特に、国宝に指定されておる御影堂や如来堂は、当時の建築技術の粋を集めたものであり、その歴史的価値は高く評価されておるぞ。吾輩も時折、その屋根の上でまどろむことがあるのじゃ。 専修寺は、親鸞聖人の御教えを現代に伝える重要な拠点として、また真宗高田派の中心道場として、現在も多くの参拝者や信徒に信仰されておる。その歴史は、親鸞聖人が開かれた真宗の教えが、時代を超えて人々に受け継がれてきた証と言えよう。これからも、吾輩はこの専修寺の行く末を見守り続けるのであるぞ。

ご利益

心の平安教えの導き家内安全健康長寿厄除け

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