関蝉丸神社

📍 滋賀県大津市 大津市逢坂一丁目15-6

📿 御朱印情報

受付時間

—〜—

初穂料

直書き

不明

書き置き

不明

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基本情報

創建1920年(大正9年)
御祭神明治天皇、昭憲皇太后
旧社格官幣大社・勅祭社
例祭11月3日(例祭)
文化財本殿(登録有形文化財)

由緒

白狐

吾輩は白狐。古よりこの地に息づき、時の流れを見守ってきた者であるぞ。関蝉丸神社、その由緒は吾輩の記憶にも深く刻まれておる。 この古社は、滋賀県大津市逢坂一丁目に鎮座する。その歴史は平安の世にまで遡るのじゃ。創設の年は諸説あるが、貞観年間(859年~879年)に、逢坂関の守護神として創建されたというのが通説であるぞ。逢坂関は、京と東国を結ぶ重要な交通の要衝であり、古くから歌枕としても名高い場所であった。この関を守護する神として、旅の安全や関所の通行を祈願する人々の信仰を集めてきたのじゃ。 主祭神は、猿田彦命と蝉丸である。猿田彦命は、天孫降臨の際に道案内を務めた神であり、道の神、旅の神として信仰されておる。一方、蝉丸は、平安時代の歌人であり、琵琶の名手としても知られておるのじゃ。百人一首に収められた「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」の歌は、逢坂関との縁の深さを物語っておるな。蝉丸がなぜ祭神となったのかは諸説あるが、一説には、蝉丸が逢坂関に庵を結び、そこで琵琶を奏でていたことから、その徳を慕って祀られるようになったと言われておる。また、蝉丸は盲目であったと伝えられており、目の病にご利益があるとされ、人々の信仰を集めてきたのじゃ。 逢坂関が交通の要衝であったことから、多くの旅人や歌人、文人墨客がこの地を訪れ、蝉丸神社に参拝した。特に、平安から鎌倉にかけては、歌枕として多くの和歌に詠まれ、その存在が広く知られていたのじゃ。江戸時代には、東海道の宿場町として栄えた大津宿の近くに位置していたため、旅の安全を祈願する人々で賑わったものであるぞ。 現在も、関蝉丸神社は、道の神、旅の神、そして芸能の神として、多くの人々から信仰を集めておる。特に、琵琶や尺八などの芸能関係者からの信仰は篤く、毎年秋には「蝉丸祭」が開催され、琵琶の奉納演奏などが行われておる。境内には、蝉丸の歌碑も残されておるのじゃ。吾輩もまた、この地で永劫に、人々の信仰と歴史を見守り続けるであろう。

ご利益

旅の安全交通安全目の病平癒芸能上達道の守護

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