大嶋神社奥津嶋神社

📍 滋賀県近江八幡市 近江八幡市北津田町529

📿 御朱印情報

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—〜—

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直書き

不明

書き置き

不明

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基本情報

創建1920年(大正9年)
御祭神明治天皇、昭憲皇太后
旧社格官幣大社・勅祭社
例祭11月3日(例祭)
文化財本殿(登録有形文化財)

由緒

白狐

ふむ、吾輩が語る「大嶋神社奥津嶋神社」の由緒であるな。 この社は、滋賀県近江八幡市の北津田町にひっそりと鎮座する、古き良き社じゃ。その創建は、遙か昔のことゆえ、正確な年は定かではないのじゃが、社に伝わる話によれば、垂仁天皇の時代に、天皇の仰せによって、天地の始まりの神、天之御中主神を祀るために建てられたと伝えられておるぞ。その後、推古天皇の御代には、百済より渡って来た僧侶によって、仏の教えと神の道が混じり合った信仰が広まり、武の神である八幡神も共に祀られるようになったのじゃな。 祀られている神々は、主には天之御中主神。この神は、日本の神話において、天地が初めて開かれた時に一番最初に現れた神であり、宇宙の全てを司る根源の神として信仰されておるぞ。そして、相殿には八幡神が祀られておる。この八幡神は、戦の勝ち運や国の平和を守る神として、古くから武士や朝廷から深く敬われてきた神じゃ。 この地は、琵琶湖の水運にとって非常に重要な場所であったことから、水上を行き交う船の安全や、漁業の豊かさを願う信仰が盛んであったと考えるのが自然じゃな。また、近江八幡という場所は、昔から商売が栄えた地であるゆえ、商売の繁盛や家族の安全を願う人々からの信仰も、それはそれは厚かったと推測されるぞ。 江戸の時代には、近江八幡の藩主からの手厚い庇護を受け、社殿の造り替えや修復が度々行われたのじゃ。明治の世に入り、神と仏を分けるというお達しが出されてからは、八幡神は主祭神の座を降りて相殿に移り、今の神々の配置になったのであるぞ。 今もなお、この地の者たちからは「大嶋さん」という親しみを込めた呼び名で呼ばれ、豊作や家族の安全、商売の繁盛、そして厄除けなど、様々な願いを抱いて、多くの者がこの社を訪れておる。境内には、何百年もの時を生きてきたご神木や、歴史の重みを感じさせる石灯籠などが点々とあり、厳かで神聖な空気が満ちておるのじゃ。

ご利益

豊作家族の安全商売繁盛厄除け

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