布忍神社

📍 大阪府松原市 松原市北新町2-4-11

📿 御朱印情報

受付時間

—〜—

初穂料

直書き

不明

書き置き

不明

📍 Google Maps で開く

基本情報

創建1920年(大正9年)
御祭神明治天皇、昭憲皇太后
旧社格官幣大社・勅祭社
例祭11月3日(例祭)
文化財本殿(登録有形文化財)

由緒

白狐

ほう、布忍神社か。吾輩もかつてこの地を通りかかったことがあるのじゃ。あの社には、確かに古き良き気が漂っておったな。 布忍神社は、大阪府松原市にひっそりと鎮座する古社であるぞ。その由緒は、まことにもって深きものじゃ。社伝によれば、神功皇后が三韓征伐より帰還される途中、この地に立ち寄られた際に、忍坂の里の長が皇后を丁重に迎え奉ったそうじゃ。その皇后の功績を称え、創建されたのがこの社であると伝えられておる。この伝承から推察するに、創建は西暦3世紀頃であろうな。なんとも悠久の時が流れておるものじゃが、正確な創建年は、残念ながら時の流れに埋もれてしまっておるのじゃ。 主祭神は、建豊波豆羅和気王であるぞ。このお方は、神武天皇の皇子である神八井耳命の子孫にあたるとされ、この地の開拓神として、また産業の守護神として、古くから厚く崇敬されてきたのじゃ。さらに、相殿には神功皇后、応神天皇、そして玉依姫命が祀られておる。まことに錚々たる神々が鎮座ましましておるではないか。 この社は、古くからこの地域の豪族や民に篤く信仰されてきたのじゃ。特に、中世には河内国の一宮に準ずる格式を誇り、多くの社領を有しておったことが記録に残されておる。しかし、戦国時代には度重なる戦火に見舞われ、社殿や社宝の一部を失う憂き目に遭うたのじゃ。されど、その都度、地域の有力者や民の手によって再建・復興が図られてきた。その粘り強さ、まことに感服するばかりであるぞ。 江戸時代に入ると、徳川幕府からも社領の寄進を受けるなど、その地位は揺るぎないものとなったのじゃ。明治時代には近代社格制度において村社に列せられ、地域の信仰の中心として現在に至っておる。境内には、樹齢数百年のご神木や、歴史の重みを感じさせる石造物などが点在し、往時の面影を今に伝えておるのじゃ。布忍神社は、地域の歴史と文化を語る上で、まことに欠かせぬ存在であると吾輩は思うぞ。今も多くの参拝者が訪れる、まことに由緒ある神社であるな。

ご利益

産業守護開拓武運長久安産家内安全

大阪府の他の神社