亀山八幡神社
基本情報
由緒
ふむ、吾輩が語るは、亀山八幡神社の由緒じゃな。 この亀山八幡神社、亀山市江ケ室の地に鎮座するは、平安の世、治承の御代(1177年〜1181年)にその端を発する。当時の亀山城主、関実忠という者が、源氏の氏神である八幡の神を招き寄せ、城の守護神として祀ったのが始まりであるぞ。なかなかに古き歴史を持つものじゃな。 祀られし神々は三柱。誉田別命(ほんだわけのみこと)、比咩大神(ひめおおかみ)、そして気長足姫命(おきながたらしひめのみこと)である。誉田別命とは、かの応神天皇のこと。武運長久、国家鎮護の神として、古より人々の信仰を集めてきたのじゃ。比咩大神は宗像三女神の一柱とも伝わり、海上交通の守護や芸能の神として知られておる。そして気長足姫命は神功皇后のことじゃな。安産、子育て、外敵退散の神として、篤く崇敬されてきたのであるぞ。皆、それぞれに尊き御神徳を持つ神々である。 創建以来、亀山八幡神社は亀山城主の厚き崇敬を受け、この地域の総鎮守として、大いに栄えたものじゃ。江戸の世に入ってからも、亀山藩主からの手厚い庇護を受け、社殿の造営や修復が度々行われた記録が残されておる。特に、寛永の御代(1624年〜1644年)には、当時の藩主によって大規模な改修が施されたと伝えられておるのじゃ。その威容、さぞ壮麗であったことだろうな。 明治の御世に移り変わっても、この神社は地域の人々の信仰の中心として大切にされ、今日まで多くの人々に親しまれてきたのであるぞ。境内には、創建当初からの歴史を物語る石碑や古木が残り、往時の面影を今に伝えておる。毎年秋に行われる例祭では、地域の人々が一体となり、神賑行事を行い、五穀豊穣と地域の安寧を祈願するのである。この亀山八幡神社は、亀山の歴史と文化を今に伝える、まことに貴重な存在であると、吾輩は思うのじゃ。