長浜八幡宮
📍 滋賀県長浜市 長浜市宮前町13-55
基本情報
由緒
長浜八幡宮と申すは、滋賀の長浜に鎮座する古き宮であるぞ。その創始は、平安の世の寛弘年間、西暦で言えば千年の初頭に遡るのじゃ。当時の長浜は、琵琶湖の水路を使い、人や物が盛んに行き交う要衝であった。そのような賑わいの中で、この地の守り神として、八幡の神が迎えられたのであるな。 主なる祭神は、誉田別命、息長足姫命、そして比売神の三柱であるぞ。誉田別命とは、応神天皇その人であり、武運長久や国家の安寧を司る神として、古くから厚く信仰されてきたのじゃ。息長足姫命は、神功皇后の御名であり、安産や子育ての神として崇め奉られておる。比売神は、八幡の神と共に祀られる女神で、その神格には諸説あるが、宗像三女神の一柱とも、八幡神の妃とも言われておるな。 この宮は、中世には近江の守護たる佐々木氏の崇敬を受け、社領の寄進や社殿の修復がなされたのじゃ。戦国の世には、織田信長や豊臣秀吉といった猛者どもからも庇護を受けた。特に秀吉が長浜城主であった頃は、城下町の鎮守として深く信仰されたのであるぞ。秀吉は、この宮の祭礼である「長浜曳山まつり」の起源にも深く関わったと伝えられており、その伝統は今も脈々と受け継がれておるのじゃ。 江戸の世に入ると、彦根藩主井伊氏の保護のもと、社殿の造営や境内の整備が進められたのであるな。明治の御代以降も、この地の信仰の中心として、また長浜曳山まつりの舞台として、その歴史と伝統を守り続けておる。 長浜八幡宮は、千年の時を超えて長浜の歴史を見守り、この地の文化と信仰を育んできた、まことに重要な存在であるぞ。今もなお、多くの人々が訪れる、由緒正しき宮であるのじゃ。
ご利益
戦勝祈願国家安泰安産子育て家内安全厄除け