安居神社

📍 大阪府大阪市 大阪市天王寺区逢阪1丁目3-24

📿 御朱印情報

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不明

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基本情報

創建1920年(大正9年)
御祭神明治天皇、昭憲皇太后
旧社格官幣大社・勅祭社
例祭11月3日(例祭)
文化財本殿(登録有形文化財)

由緒

白狐

吾輩が語ろう、安居神社の由緒を。 大阪市天王寺区逢阪に鎮座するこの安居神社、その歴史は古く、吾輩も遠い昔から見守ってきたのじゃ。社伝によれば、かの菅原道真公が太宰府へ左遷される道中、この地に足を止め、しばしの休息をとられたという。この故事にちなみ、道真公の御霊を慰めるために創建されたのが、当社の始まりであるぞ。なんとも雅な始まりではないか。 主祭神は、学問の神様としてあまねく崇敬される菅原道真公である。そして、少彦名命も合祀されており、医薬の神様としても信仰を集めておるのじゃ。人々の願いを受け止める、懐の深い神様であるな。 歴史を遡れば、安居神社は度重なる戦火や災害に見舞われながらも、その都度、吾輩の目の前で再建されてきたのじゃ。特に、元和元年(1615年)の大坂夏の陣では、真田幸村公が当社境内で討ち死にしたと伝えられておる。境内には「真田幸村戦死跡之碑」が建立され、幸村公の最期の地として、多くの歴史好きや参拝者が訪れる場所となっておるのじゃ。その武士の魂、今もこの地を巡っておるように感じることもあるぞ。 江戸時代には、大阪城の鬼門鎮護の社として、また、天神信仰の拠点の一つとして、歴代の大阪城主や庶民から篤い信仰を集めたものじゃ。明治維新以降も、地域の守り神として、また、学業成就や病気平癒を願う人々にとって重要な存在であり続けておる。 現在の社殿は、昭和20年(1945年)の大阪大空襲で焼失した後、昭和30年(1955年)に再建されたものである。境内には、道真公ゆかりの「腰掛石」や、幸村公ゆかりの「真田の抜け穴」と伝えられる場所もあり、歴史のロマンを感じさせるスポットが点在しておるのじゃ。 安居神社は、菅原道真公の御霊を祀る天満宮としての信仰に加え、真田幸村公の終焉の地としての歴史的意義も深く、学問成就、病気平癒、そして歴史探訪の場として、多くの人々に親しまれておる。この由緒正しき地、吾輩はこれからも見守り続けるのじゃ。

ご利益

学問成就病気平癒厄除け

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