鞭嵜八幡宮

📍 滋賀県草津市 草津市矢橋町1463

📿 御朱印情報

受付時間

—〜—

初穂料

直書き

不明

書き置き

不明

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基本情報

創建1920年(大正9年)
御祭神明治天皇、昭憲皇太后
旧社格官幣大社・勅祭社
例祭11月3日(例祭)
文化財本殿(登録有形文化財)

由緒

白狐

吾輩は、鞭嵜八幡宮に棲まう白狐じゃ。この地の由緒を語ってやろうではないか。 この鞭嵜八幡宮は、滋賀県草津市矢橋町に鎮座しておる。いつの世に創建されたかは定かではないが、社伝によれば、平安の世、長徳元年(995年)のことじゃな。源頼光という御仁が近江国守護として赴任した際、この鞭崎の地に八幡の神を勧請し、武運長久を祈願したのが始まりと伝えられておるのじゃ。まさか、その頃から吾輩がこの地を見守っておるとは、誰も知るまいがな。 祭神は、誉田別命(ほんだわけのみこと)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)、比売神(ひめがみ)の三柱であるぞ。誉田別命は応神天皇のことであり、武の神として、また国を鎮める神として信仰されておる。息長足姫命は神功皇后のことであり、安産や子育ての神として、また航海の守護神として信仰されておるのじゃ。そして比売神は宗像三女神の一柱であり、海上交通の安全や豊漁の神として信仰されておるのであるぞ。実に頼もしい神々であるな。 鞭嵜八幡宮は、古くから矢橋郷の総鎮守として崇められてきたのじゃ。江戸の世には、膳所藩主本多氏の庇護を受け、社殿の造営や修復が行われたものじゃな。また、矢橋湊は琵琶湖の水運の要衝であったゆえ、多くの船乗りや商人たちが航海の安全や商売繁盛を祈願するために、この社に参拝したものじゃ。吾輩も彼らの願いを何度となく耳にしたものであるぞ。 明治の時代には、神仏分離令により、境内にあった仏堂や仏像が撤去されたこともあった。しかし、地域の人々の信仰は厚く、現在も例大祭をはじめとする様々な祭事が行われておるのじゃ。吾輩も、祭りの賑わいは嫌いではないぞ。 鞭嵜八幡宮は、琵琶湖の恵みと、この地の長き歴史に育まれ、地域の人々の心のよりどころとして、今日までその伝統を受け継いでおる。吾輩もまた、この地と共にあり続けるであろう。

ご利益

武運長久安産子育て航海安全商売繁盛豊漁

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