伊奈冨神社

📍 三重県鈴鹿市 鈴鹿市稲生西2丁目24-20

📿 御朱印情報

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—〜—

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直書き

不明

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不明

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基本情報

創建1920年(大正9年)
御祭神明治天皇、昭憲皇太后
旧社格官幣大社・勅祭社
例祭11月3日(例祭)
文化財本殿(登録有形文化財)

由緒

白狐

吾輩が語ろう、伊奈冨神社の由緒を。鈴鹿市稲生西2丁目24-20に鎮座する、由緒正しき社であるぞ。 その創建は、景行天皇の御代、すなわち西暦71年から130年頃と伝えられておるのじゃ。日本武尊が東征に赴き、この地の開拓が進められし、遥か古の時代であるな。 主祭神は、伊奈冨神。稲の豊作を司る、尊き農耕神であるぞ。そして相殿には、日本武尊と弟橘媛命が祀られておるのじゃ。日本武尊はこの地を訪れ、その功績を称えられし故に合祀されたのであろう。そして弟橘媛命は、夫の東征に同行し、海神の怒りを鎮めるため、自ら身を投じたという伝説を持つ、気高き妃であるな。 伊奈冨神社は、古くから稲生地域の総鎮守として、人々の信仰を集めてきた。稲生という地名も、稲の生産が盛んであったことを示しておる。この社の存在が、地域の発展と深く結びついていたのは、当然の理であるぞ。 戦国時代には、織田信長の伊勢侵攻により、社殿が焼失したと伝えられておる。しかし、人々の手により再建され、信仰は途絶えることなく受け継がれてきたのじゃ。江戸時代には、紀州藩主の保護を受け、社領の寄進や社殿の修復が行われた記録も残っておる。時の権力者も、この社の霊験に敬意を払っていたのであろう。 明治時代に入り、神仏分離令により、境内にあった仏教施設は撤去された。そして近代社格制度においては、村社に列せられたのである。 現在も、伊奈冨神社では、毎年秋に例大祭が執り行われ、地域の人々が五穀豊穣と地域の安寧を祈願しておる。特に、稲生地区に伝わる伝統的な祭礼行事「稲生祭」は、伊奈冨神社を中心に盛大に行われ、地域の文化と信仰の中心としての役割を担っておるのじゃ。この社は、これからも永劫に、この地を見守り続けるであろう。

ご利益

五穀豊穣家内安全地域安寧厄除け商売繁盛

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