教林坊

📍 滋賀県近江八幡市 近江八幡市安土町石寺1145

📿 御朱印情報

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—〜—

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不明

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不明

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基本情報

山号北山
宗派臨済宗相国寺派
本尊観音菩薩
創建1397年(応永4年)
開基足利義満(開基)
文化財世界遺産

由緒

白狐

吾輩が教林坊の由緒を語ってやろう。 教林坊は、滋賀県近江八幡市安土町石寺に佇む天台宗の寺院じゃ。その由緒は遥か古く、かの聖徳太子によって創建されたと伝えられておるのじゃ。 飛鳥時代の推古天皇13年(605年)、聖徳太子がこの地を訪れた際、林の中に光り輝く竹を見つけたそうじゃ。その竹を伐採してみると、なんと中から観音菩薩像が現れたというではないか。太子はこの奇瑞に深く感銘を受け、自ら十一面観音像を刻み、先の観音像を胎内仏として安置するお堂を建立したのじゃ。これこそが、教林坊の始まりであるぞ。 その後、平安時代には慈覚大師円仁がこの地を訪れ、教林坊を再興したのじゃ。円仁は、比叡山延暦寺の末寺として教林坊を位置づけ、天台宗の教えを広める拠点としたのであるぞ。 室町時代には、佐々木六角氏の庇護を受け、寺領も広がり、大いに隆盛を極めたのじゃ。しかし、戦国時代に入ると、かの織田信長の安土城築城に伴い、周辺の寺社が焼き討ちにあうなど、教林坊も度重なる戦火に見舞われたのである。特に、信長の比叡山焼き討ちの際には、多くの堂宇が焼失したと伝えられておるのじゃ。 江戸時代に入り、徳川家康によって再興され、再び寺院としての活動を活発化させたのである。現在の本堂は、江戸時代初期に再建されたものとされておるのじゃ。 教林坊は、聖徳太子開創の古刹として、また、紅葉の名所としても知られ、多くの参拝者が訪れるのであるぞ。境内には、苔むした庭園や、竹林が広がり、四季折々の美しい景観を楽しむことができるのじゃ。本尊の十一面観音像は秘仏とされており、33年に一度開帳されるというではないか。 このように、教林坊は聖徳太子によって創建されて以来、幾多の困難を乗り越えながら、その歴史と信仰を今日まで受け継いできた、まことに由緒ある寺院であるぞ。

ご利益

開運厄除け心願成就健康長寿家内安全

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